神様の前で永遠の愛を誓う……か。みんないい度胸している。

幼稚園で気の弱い男の子が女の子の大群に誘拐され、王子様役を押し付けられているのを遠くから眺めていたときに思ったことだ。

私はアリの巣を洪水させるなど倫理観があまり整っていない子どもだったが、変なところで誠実さが発動するタチで、神様の前で永遠の愛を誓う覚悟なんて一生持てる気がしなかった。この見解は21歳の今でもおおよそ変更はない。

不倫するお父さんと、よく泣いて罵倒する母。絵本の続きだと悟った

ディズニープリンセスには目もくれず、泥団子磨きに命を懸けていた私は結婚に対して冷めていた。覚めていた、と言ってもよい。王子様とお姫様が結ばれたあとの物語を教えてくれないのは、子どもに伝えたくないアンハッピーな結末が待っているからだと知っていたからだ。

大抵の子どもにとって一番身近な王子様とお姫様のモデルは両親なわけだが、私のお母さんの王子様、つまり私のお父さんにはお母さん以外のお姫様がいた。

それからお母さんはお姫様じゃなくなって、よく泣くようになった。私を強く抱きしめたかと思えば強く罵倒した。王子様がいなくなった母という女は、私の恐ろしくて可哀想な女王様になった。

これが閉じた絵本の続きだと悟った。

幸せは一握り。浮気や不倫をする人も、惰性で契約を更新する人も多い

キッズ大久保の目に結婚する人間は、2種類に分かれているように見えていた。

恋の熱に冒されて"本気で""神様の前で永遠の愛を誓って"いる人間と、初めから"神様の前で永遠の愛を誓う""ごっこ"をしている人間だ。恋愛結婚よりお見合いの方が離婚率が低いらしいし、どちらが正しいというのではなくてただそう分析していた。

私はどちらを選ぶのだろう。どちらも選ばないのかもしれない。

結婚に至るにはウェディングドレスへの憧れが枯渇しすぎている。子どもがある日サンタクロースの真実を知るように結婚幸福説もいつか解ける大人がかけた悪い魔法だと疑わなかった。プリンセスごっこに夢中になれる友だちの家族は私の家族が歩めなかった幸せなパラレルワールドを歩んでいるだけだと。彼らも大人になれば現実を知るはずだ。

理想のカップルに見えても浮気や不倫をする人がわんさかいること。さもなくば自由や不満を押し殺し、惰性で契約を更新する人々の多いこと。幸せはほんの一握りだ。

「永遠の愛」

糖分過多で死に至りそうな響き。光に透かしたはちみつをふかふかで真っ白なソファに寝っ転がりながら舌で焦ったく溶かすような、素晴らしい響き。けれど実際は錆びゆくだけの鎖に近い。そうみんな気づき始めているのに結婚幸福説の魔法から醒めてはくれない。さらには結婚で不幸になった人たちからも結婚幸福説を布教される始末だ。

私は子どもの頃から口が固いのをいいことに、懺悔室に使われがちである。だから浮気や不倫、その他諸々の悪事や秘密、悩みを、平凡な人間も当たり前に持っているのを知っている。

盲目的に利己的に恋愛ができる人々の、憎たらしささえ羨ましい

今夜は女友だちの不倫話。彼女は汗ばんだグラスに入ったアイスティーをかき混ぜ、艶っぽくため息を漏らす。悲劇のヒロインに酔ってる感じがやや癪に触る。奥さんへの嫉妬を涙を流しながら語ったかと思えば、昔付き合っていた浮気男の愚痴がゲリラ豪雨のときのマンホールみたいに溢れ出す。人の矛盾に目を瞑るのは得意分野だ。それから元カレの浮気相手のインスタをエゴサーチし始め、感想を求められる。

「あなたの方が可愛いよ。ファッションセンスないし」

これがこの子の望む100点の解答だろうか。私は適当に足を組み替え、適当に相槌を打つ。

ゴシップってつまらない。だって誰かが泣いている。身内も芸能人も結局は他人だしつまるところどうでもいい。怒る気力もない。誰かを怒れるほど偉くもない。なのに私の心は不服そうだ。顔の知らないお父さんの不倫相手を、女友だちと重ねる。

お父さんを、お父さんの不倫相手を、女友だちを、どこか軽蔑しているくせに、破るためにルールがあると言える人々の清々しさが、盲目的に利己的に恋愛ができる人々の憎たらしささえ羨ましい。私だって彼らと同じで不自由より自由が好き。そのくせ好きな人を不自由に閉じ込めたくなる気持ちもわかる。

私もいつか約束より甘美な香りに誘われ、心の中の神様を殺し、誘惑に飛びついて人を泣かせるかもしれない。そんなこと絶対したくないけれど絶対は絶対ないから。

やっぱり神様に誓うなんて、できっこない。神様や好きな人を裏切る可能性がある約束なら1人でいた方がいいんじゃないか? 両親の顔が浮かんで相槌のテンポが一瞬滞る。お父さんがいくら私に優しくしても学費を出してくれても、不倫男だという事実を忘れられない。

母を壊し、壊れた母の矛先にいた私も壊れかけたことお前のせいだぞ、と腹の底で言葉を練る。だけどお母さんはお父さんを恨んでいないらしい。

「若かったから。あの頃はお父さんもそうすることしかできなかったのよ」と女の顔で言われたことがある。

そのお母さんの顔を、目の前でリップを直している女友だちに見せてやるのを想像して、心の平穏を取り戻したらまた安っぽい笑顔で相槌を打とう。