2020年、わたしは経営大学院へ入学した。

社会人歴6年目、27歳春のことである。
本当はハタチの頃から、『オリンピックイヤーに、大好きな彼と結婚して寿退社する』なんてゆるゆるふわふわな夢を持っていた。

しかし実際はどうだろう、オリンピックは延期に、相も変わらずわたしは独身で、寿退社どころか経営大学院へ入学したのである。

自分のなかでなんとなくの節目だった2020年を終え、今、わたしは新たな夢を持っている。
それは『起業して、次世代の女の子たちをエンパワーメントすること』だ。

この変化は如何にして生じたか、ズバリ失恋がキッカケだった。

元々わたしは幼い頃から、自分は専業主婦になるものと思っていた。
母親に『女の子だからそんなに頑張る必要はないよ、楽しく生きればいいよ』と言われて育った影響が大きいと思う。
これはわたしにプレッシャーを与えないための発言だったと推測するが、良くも悪くもわたしの人格形成に多大なる影響を与えた。
良かったことは、超楽観的に育ったことである。
考えるよりもまず行動、何も臆せず新たなことに挑戦出来るようになった。

一方で、少し残念だったことは、自分の可能性を狭めてしまっていたことだ。
ただ結婚して幸せな家庭を築けばよいと思考を停止させ、社会に対して自分に何が出来るのか、自分は何をしたいのかを考えることを怠ってきたように思う。
高校受験も大学受験も、就職活動でさえも今思えばどこか他人事だった。

遠距離恋愛の末別れを告げられ、自分を幸せにする手段を考える

そんなわたしの考えを変えたのが、先述の失恋である。
当時わたしは全国転勤の営業職で、縁もゆかりもない大阪勤務。
ひとりぼっちになったわたしは、否が応でも今後の自分の人生を考えさせられた。

いったいこれからどうしたらよいっていうの…
3日間だけ途方に暮れた。

割り切りの早い性格である。
失恋から4日後には、今までずっと他力本願だったことを反省し、自分を幸せに出来るのは自分だけだと考え直すに至る。

幸せな家庭を築きながら楽しく働き続けたい、そしてその手段としての起業に辿り着く。
わたしにとっての起業は、幸せな家庭を築きながら楽しく働き続けるための手段だ。

生涯にわたり社会の第一線で活躍したいと思っている。
そのためには会社組織に依存せず、
自分の名前で稼げるようになる必要があるのではないか。
なぜなら、企業に勤めている以上、地理的時間的な制約が不可避だからである。
(実際に遠距離も影響してフラれている訳だし…!)

仮に、いつか誰かと結婚して旦那さんが転勤になったり子供が生まれたりしても、
転勤について行くことや、日中も自分で子供の面倒を見ることを選択出来るようになりたい。
自分一人であれば、どんな環境でも柔軟に働くことが出来るのではないかと考える。
(甘いかな?)

コントロールできないことに過度な期待をするのはやめよう

もっと早く自分の本来の気持ちに気付くことが出来ていたら、今いる環境も変わっていたかもしれない。
わたしはこの経験と反省を活かし、今後の人生では自分の気持ちに正直に、そしてよりパワフルに、キャリアを創造しようと決意した。
この背中を次世代の女の子たちに見せることでエンパワーメントを図りたい。
結果として、若い女の子の活力で日本社会を盛り上げることが出来たらどんなに素敵なことだろう。

2020年、世界史だけではなく、自分史のなかでも大きな変化が起きた。
コロナだって恋愛だって、わたしひとりでどうにかできる問題ではないのだ。
コントロールできないことに過度に期待したり、あらゆる原因をなすりつけたりするのはもうやめよう。

心持ちひとつで、見える景色がガラリと変わった。
これからの未来が楽しみである。