「結婚、どう思う?」
そう聞かれると、私はまずこの話をする。
私の親戚に、あっちゃんと呼ばれる男性とみっちゃんと呼ばれる女性がいる。あっちゃんは私の父と同年代でもう60代が目の前まできているが、年齢を感じさせない飄々とした雰囲気の持ち主で眼鏡がよく似合う人だ。みっちゃんも確かな年齢は聞いたことはないが、今は50代くらいだと思う。温厚な人で、私は彼女が怒っているところを1度も見たことがない。あと、ゆるいウェーブがかかった髪をしていてシンプルな服装を好む人だ。そして2人ともお酒が一滴も飲めなくて目尻にシワが深く刻まれている。そう、よく笑うのだ。
「え、今更?」 二人が最近婚姻届けを出したと聞いた
さて、そんなあっちゃんとみっちゃんだが、つい最近婚姻届を出したと人づてに聞いた。それを聞いた私の反応はこうだ。
「え、今更?」
あっちゃんとみっちゃん。既に彼らは30年以上「夫婦」だったのだから。
彼らがいわゆる「事実婚」の関係であることを親戚中が認めていたし、何の問題もなかった。私も物心ついたときから、彼らがそういう関係であることを認識していた。彼らのことをカップルと呼ぶ人もいれば夫婦という人もいた。「2人はお互いのパートナーだよ。」とまだ幼い私に教えてくれた人もいた。そんな彼らが結婚?どうして今更?
「娘さんが結婚するからだって。」
やけにあっさりと理由は分かった。みっちゃんには亡き夫(彼を「たっちゃん」とする)との間に3人の子供がいる。不慮の事故で夫を亡くし、幼い子供達を抱えた彼女をあっちゃんは支え続けた。あっちゃんはたっちゃんの兄だった。
あちらの両親にこの関係を説明するのがややこしいので、じゃあと入籍したらしい。娘と母と父が同時期に入籍。
「トリプルでめでたいね。」
私はそう言った。おめでたいのは本当なので祝福したかったけれど、心の奥底ではほんの少しだけどうでもよかった。だって彼らは私の中でとっくに夫婦だから。
想定外のプロポーズは「ずっと一緒にいたいという意思表示」
そんな感覚で生きてきたので、のちに夫となる恋人からプロポーズされたときは心底驚いた。彼には、あっちゃんとみっちゃんの関係や私の結婚観について話していたからだ。
「俺のお嫁さんになって。」
少したどたどしく言われたことを今でも鮮明に思い出せる。あれは、確か5月のことで時間は深夜、そろそろお風呂に入らなければと重い腰をようやくあげた時のことだった。
「今すぐ入籍したいとかじゃなくて、ずっと一緒にいたいという意思表示です。」
笑ってるのか困ってるのか分からないくしゃくしゃの顔の彼が、そう言葉を紡ぐ。
私は了承した。そして、その約半年後に彼と婚姻届に捺印し、役所に提出した。
紙切れ1枚 それが持つ力は私が思うよりも巨大で、少し緊張する
結婚してもしなくても生活は続く、かつてのあっちゃんとみっちゃんのように。私たちのように。
しかし、この日本には戸籍制度があり、それによって様々な制約や恩恵を受けることになる。私にとって「結婚」とは「一緒にいることを国に約束すること」であり、私と彼は約束することによって受けることができる恩恵を受ける選択をした。同性婚についても、早く同様のことができるようになればいいと強く、強く思う。
たかが紙切れ1枚の国との約束だが、この1枚が持つ力は、きっと、私が思うよりも巨大なものだろう。そう考えると、私は心のどこかで少しだけ緊張する。そんな時には、あっちゃんとみっちゃんの優しい笑顔を思い出すようにしている。夫の優しい低い声を、温もりを思い出すようにしている。
「結婚、どう思う?」
その問いの答えがわかるのは、まだまだ先になりそうだ。もし、わかる時が来たのなら、その時の私と夫には笑顔でいてほしい。