エッセイを読んでいると、結論が明記されていないものもあって、私はどうやらそういうものに共感することが多い。

友人のひとことがきっかけで始めたマッチングアプリについて、自分の中に生まれたこのもやもやに共感してくれる人はいるだろうか。
 
きっかけをくれたその友人はとても行動派で、私の知らないことを共有してくれる憧れの人だ。彼女がおすすめしてくれるものは、有意義で私の世界を広げてくれる。
その日も、おすすめのマツエクや整体のお店を教えてもらったり、お互いの近況報告で話は尽きなかった。
そんな中、友人のビッグトピックは、現在3人の恋人候補で迷っているというものだった。
そのうち2人はマッチングアプリで知り合ったらしい。その恋人候補達の話の流れで、私にもマッチングアプリを勧めてきた。

マッチングアプリに登録。恋人をそんな抽象的に探せるわけがない

私は、それまでやったこともないマッチングアプリを怪しさ100%と決めつけていた。マッチングする相手の分母が大きいことに怪しさと不安な印象しかなかった。自分の恋人になるかもしれない人をそんな抽象的に探せるわけがないと思っていた。

しかし、友人のものすごく気軽な「やってみなよ」に漠然とした興味が湧いた。彼女が勧めるものは新しい気付きをくれるものが多いし、そんなに気軽にできるんだ、と。
もしかしたら、彼女のように刺激的な日々が過ごせるかもしれないという期待もしていた。
結果、その場でアプリをインストールして仮名と自己紹介文を登録した。

マッチングアプリは、自分の登録した情報に沿った人達をおすすめしてくれる。趣味の項目と性格の項目を登録した途端、異性からの当たり障りのないメッセージが何通も届いた。
少し慌てながら同じように返して、質問に答えたりする。最初は変なメッセージがくるかもしれないと警戒したが、基本的には向こうの質問に答えを返したり、自分も質問したりするだけだった。

文章のやりとりと会おうとする次のステップは別物

しばらく何人かとやりとりをするうちに、ふと思ってしまった。
対面したことのない人とどうして会ってみたいと思えるのだろう。
友人は恋人候補達とメッセージが続いて仲良くなってご飯に行った、直感よと教えてくれた。
恋人を見た目で選ぶつもりはないけれど、文章のやりとりと、そこから会おうとする次のステップは私の中では別物だった。話が合いそう=会おう、にはならなかった。

私にもメッセージのやりとりが続いた人が何人かいた。
はじめまして、から始まりしばらくして「私もそれ好き!!」とタメ口でメッセージを送り合うようになった。
しかし、「!!」なんて送っていても私は寝転がりながら寝室の天井をぼーっと眺めたりしているのだ。メッセージのやりとりはいくらでも誤魔化せる。相手だってどのくらい気持ちを割いているかなんて読み取れない。
3ヶ月程試したけれど、私には全く「この人と直接会いたい」と感じるタイミングが訪れなかった。
マッチングが原因ではなく感覚の問題だと思った。知らない人と会うことへの怖さではなく、多分、メッセージだけで相手に興味を持てる程自分が素直でないからだ。
最初は身元のわからない人と会うなんて変、と思っていたが、私がひっかかったのはそこではなかった。
私自身にメッセージのやりとりだけで「この人いいな」と思える素直さがなかったのだ。

アプリは素直で本気な人じゃないと使っちゃいけないんだろうか

相手への誠意が欠けているとか目的、本気度の違いなのかもしれない。
マッチングしたカップルの体験談を読んでいると、幸せそうで憧れた。結婚を決めたカップルもいるようだった。自分が上手く使いこなせていないのだろうか。
もしかして、こんなに斜に構えているのは私だけなのだろうか。
自分がいろいろ素直に受け取れなかったから、期待していたときめきも生まれなかったのかもしれない。

素直で本気な人じゃないとアプリを使っちゃいけないのだろうか。恋愛って始めるのが難しい。
いろいろな不安が生まれて、少し落ち込んだ。

友人のひとことで始めたマッチングアプリは、決して怪しさ100%ではなかった。
けれど、私にはまだ早かったかもしれない。
CMみたいに共通点やメッセージのやりとりだけで楽しく簡単に恋人ができる人は、ちゃんと選んで選ばれる何かがあるのだ。
その何かにこだわる時点で、私はやっぱり素直さが足りない。今までなかった寂しいもやもやが生まれてしまった。