私はもともと、怠け者だ。
ご縁と運の良さでなんとかここまでやってきているが、本来非常に怠け者なのだ。
継続性がなく、努力が非常に苦手で、家でダラダラすることに幸せを感じる、そんな人間だった。
しかし、そんな私を変えたひと言がある。
そのひと言をかけてくれたのは、つい4か月前に初めて出会った人だ。
私の21年間の人生をいとも簡単にくるっと変えさせてしまった凄い人、私の恩師だ。

久しぶりにあった友人の目はなぜかキラキラしていた

恩師と出会ったのは去年の9月末頃。
きっかけは、友達の生き生きとした姿だった。

8月の終わり、暑い夏がまだまだ続いていた頃。
コロナ禍の自粛に快適さを見出し、これ幸いと4月から家でゴロゴロし続けていた私に、小学校以来の友人からランチのお誘いがあった。
2,3年ぶりに顔を合わせた友人は、別人とまではいかないまでも、なぜかキラキラした目をしていた。聞くと、長期のインターンを始めたそうだ。
よくある営業系のインターンなのだが、意外にも彼女の気性に合っていたようで、優秀な成績を収めているようだった。
楽しく彼女の話を聞いていた私だったが、家路につくと、ふと将来への不安に駆られた。
「私、就職できるのかな」
「将来の夢ってないな」
「誇れる経験もないし」
今までのらりくらりと生きてきたシワ寄せが早くも勢いを持って押し寄せているかのように感じられて、コロナ禍でダラダラ過ごした数か月を恨んだ。

しかし、過去は変えられない。今すぐにでも動かなければ。
思い立ったが吉日、私はその日のうちに長期インターンの面談をいくつか申し込んだ。
そして9月末頃、そのうちの1社から採用通知が来た。
後々話を聞いたところによると、あの時私を採用してくれたのは、のちの恩師だったようだ。

私の心の中ではその文字が浮かび続けた

インターン生として入社した初めの2か月は、自分の無能さに打ちひしがれ、先輩達のかっこよさに感動し、自分の仕事の出来に一喜一憂し、と目まぐるしく過ぎていった。

1か月に数回、私達インターン生と、それをまとめる社員の方々で、全体ミーティングが開かれる。
今回のミーティングで話し始めた社員の方は、人一倍自分に厳しく、かつ自分以外には優しい人だと有名な方だった。
お話はまず、インターン生への労いから始まった。そして、連絡事項の共有の後に「学生の皆にはまだまだ時間があるので、この言葉を送りますね」とホワイトボードに読みやすい字で何かをササっと書いた。

「人は自分が使った時間の通りの自分になる」

うわ、と思った。
身に覚えがありすぎる言葉だった。

もちろんその人はインターン生や特定の誰かを叱ろうと、この言葉を書いたわけではなかったけれど、私はなんだか叱られた子供のような気持になった。
その人はこの言葉を自身の座右の銘だと説明した。

その人が説明や他のお話をされている間も、ホワイトボードからその文字が消されても、
私の心の中ではその文字が浮かび続けた。

「人間って本当に変われるのか」と私が一番驚いた

自分が今まで何に時間を使ったか考える。
色々なカッコつけた言葉が思い浮かんだが、最終的に私は自分を甘やかすことに多くの時間を使っていたことに気が付いた。
人は自分が使った時間の通りの自分になる…。
このままでは、何もできないのに楽をしたがる大きい子供の出来上がりでは…?

間一髪とばかり、その日から気持ちと行動を一新した。
だが本来は怠け者。私には休む時間も必要不可欠で、スマホの使用時間を可視化して自分に呆れたりしながら、生活にメリハリをつけることに集中した。

とりあえず1か月、もう1か月、とジリジリ継続した結果、メリハリを習慣づけることに成功した。
今までは継続や努力が苦手だと思っていたのに案外簡単で「人間って本当に変われるのか」と私が一番驚いた。

ダラダラの自分も嫌いではないけれど、未来の自分のために過ごす日々はとても楽しい

最近、私が変わるきっかけを与えてくれたその人に、お礼を伝えに行った。
その人は「君は元からそんな怠け者には見えないよ」と笑いながらも、私の話を聞いてくれた。そして、私が時間の使い方を変えたことを聞いて、いいねと頷いた。

この人が、私の人生を変えた恩師である。

そして、私は恩師の言葉を胸に、今日も自分の時間の使い方を考え、行動する。
ダラダラすごしていた頃の自分も嫌いではないけれど、どんな自分になりたいのかを考えながら、未来の自分のために過ごす今の日々はとても楽しい。