「明日空いてる?」
スマホに一文、メッセージがくる。
土曜の夕方、16時半。
送り主は大学時代の先輩だった。
彼とはもう、1年以上会っていない。
それにも関わらずこんな軽いメッセージを送ってくる彼は、相変わらず何を考えているのかわからない。
なんでもない振りをする。でも、ときめきが抑えきれない
「明日は空いてないけど、来週はどうですか」
少し間を置いて返す、夜18時半。
“じゃあいいや”と言われませんようにと願いながら、なんでもない振りをして文字を打つ。
「忙しいんだね、じゃあ来週に」
返ってきた文面に、ほっとする。
さぁ来週は何を着ていこうか。
今年一番の胸の高鳴り。
彼から一緒に行こうと指定された先はプラネタリウムだった。
待ち合わせの喫茶店、扉を開ける前に息を整える。
久しぶりに会う彼は、どんな表情をしているだろうか。
なんでもない振りをし続けながらも、ときめきがどこか、抑えきれない。
「久しぶり、元気だった?」
緊張して目も合わせられない私に、彼は彼のペースで話を進める。
目線の置き所に迷ったり手のやり場に困ったり、そうこうしているうちに少し和らぐ緊張感。最近会った人の話、仕事で起きた変化、引っ越したこと、訪れた旅先。
そんな他愛のない話をしながら、彼の楽しそうな横顔を見つめる。
去年会った時よりも穏やかさが増した彼は、いつにもまして格好いい。
この今がずっと続けばいいのに。夢心地な時間が始まっていく
「そろそろ行こうか」と彼が立ち上がる。
歩きながら歩くの速くない?とか聞いてくる隣を歩く彼の声を聴きながら、この今がずっと続けばいいのにと思った。
プラネタリウムは久しぶりで、横に並ぶ彼と上映までまた他愛のない話をした。
暗くなっていく場内を見ながら、夢心地な時間が始まっていく。
いつか見た星空に似た景色が、目の前のスクリーンに映し出される。
その景色を一緒に見た相手は、彼じゃない。
友達と行ったと話した旅行は、恋人と行った。
そんなことが頭をかすめ始めた頃、ふと隣から手を握られる。
えっ、それって。
これまで一度だって、そんなことしてこなかったのに。
嬉しい反面握り返すことができない私は、一体何を守っているんだろう。
そんな葛藤をし続けていたらそのまま、場内はまた明るさを取り戻していってしまった。
終わってからは何事もなかったかのように、これまでと同じ時間を続けた。
これまで指一本触れてこなかった彼が手を握ってくれたその意味なんて、私は一言も聞くことができなかった。
人生で一番好きになった人の気持ちがもし私に向くことがあるのなら、その瞬間は今だったかもしれなかったのに。
なのに私は、その可能性の欠片すら掴めなかった。
来週は恋人とデートをする。何事もなかったようなものなのだから
恋に関するエッセイを書くときには、決まって彼との思い出を題材にした。
恋をしたことは一度では全くないのに、思い返して切なさで満ちた気持ちになるのはいつだって、彼のことを好きで好きで仕方がなかった時のことばかりだった。
今だって、今日彼に会うことができたのは結婚してなかったからで、だからこそ結婚してなくてよかったと心から思ってしまう自分がいる。
結婚しなければまた彼ともう一度会えるかもしれなくて、それは1年に一度だけだとしても、無限に価値のある出来事のように思えてしまう。
来週は恋人とデートをする。
何事もなかったように、実際何事もなかったようなものなのだから。
だけど私の心が本当に求めているのって、なんだろう。
人生で一番好きだった人にもう一度会えるかもしれないから結婚しないことを願う彼女って、逆を考えてみたら最悪だ。
それでもいつまでたっても振り向いてくれない彼を失うことが、今なお私はできるようになれない。