「あの顔と付き合ってるなんて、本気なの?もっと顔で選ばないの?」
……当時の、彼氏とその友人の会話を聞いてしまった。その言葉が別れた今でも私を縛り付ける。

上京して、顔がダメでも可愛くなる方法があるんだ、と思った

昔から自分の顔が嫌いだった。中学生から化粧を始めた。可愛い顔の友達と撮った写真を見返すことが辛かった。親に対して「なんでもっと可愛く産んでくれなかったんだろう」と思うような最低で暗いガキだった。

大学進学を機に、上京した。東京に来て、変わりたかった。
髪を派手に染めて、男の子よりも短いベリーショートにして、古着の変な柄のシャツとかメンズもののダボっとした服装をするようになった。「個性的だね」「オシャレだね」と言われるようになった。嬉しかった。

自分の顔が嫌いで嫌いで仕方なかったから、ファッションとか髪型とか「個性」を極めようと思った。東京ならどんな格好をしていても浮かないし。
たぶん、自然に表情とか雰囲気も明るくなったんだろう。地元の同級生に「可愛くなったね!」と言われたりもした。顔がダメでも可愛くなる方法があるんだ、と思った。

次第に、鏡に映る自分の顔を見て落ち込むことが減った

「オシャレだよね」と言ってくれる彼氏もできた。彼はこんな私の顔を「可愛い」とたくさん言ってくれた。「好きな人」に「可愛い」と言われることってこんなに嬉しいことなんだ。
次第に、鏡に映る自分の顔を見て落ち込むことが減った。世間からしたらブサイクと思われても、ここにいる彼が可愛いと思ってくれるならいいやと思った。

「あの顔と付き合ってるなんて、本気なの?もっと顔で選ばないの?」

彼氏とその友人の会話を聞いてしまった。きっと、会話の中の何気ない一言だったんだろう。
顔が可愛くないなんて、自分が一番よく知っていたのにな。誰かに言われる「可愛い」と、誰かに言われる「可愛くない」の威力の大きさ。ああ、結局は変われなかったんだね、自分は。

新しい恋をした。それでも「無駄なのでは」「笑ってるのかも」と思う

あれから1年。色々あって彼と別れ、また新しい恋をした。それでもなお、新しい服を着るとき、髪を切ったとき、誰かと会うとき。「どれだけオシャレしても、無駄なのではないか」「みんなが私をブスだと笑ってるのかもしれない」と思う。

そんな奴の発言なんて「気にするな」と言われるだろうか。容姿の評価などどうでもよくなるくらい内面を磨けばいいのだろうか。時間が解決してくれるのだろうか。

「あの顔と付き合ってるなんて、本気なの?」と聞かれて自分自身が「本気だよ!」と答えられるようになるには、あとどのくらい髪を染めたらいいのかな。