私たちは出会ってしまったのだ、たぶん。
恋とか愛とか失恋とか別れなんかより、友達との時間や家族との時間、自分の時間を大事にしてきた。
だって、男は代わりがたくさんいるもの。
でも友達と家族と自分は代わりがいない。
本気で思ってた、彼とならどこまででも堕ちていけると
ちょっと年上の彼と私の出会いは、共通の友人が出ていたイベントだった。彼女から彼を友人として紹介されたあと、私と彼はすぐに意気投合した。ずっと前から知っていたような。不思議だった。ピッタリだった。
それから私たちは2人でよく会うようになって、ハイボールを飲みながら、出会う前の時間を埋めるようにたくさんの話をした。辛い物が好きなこと、晴れの日には自転車に乗りたくなること、友達のこと、それから夢について。
どんなに会っても足りなかったから、会えない日は朝方まで電話を繋ぎっぱなし、なんて日もいっぱいあった。
彼の夢は俳優になることだった。大学に進学せず、京都から上京し、アルバイトをしながら夢を追いかけている。
私立の中高に通い、留学し、大学に進学して、満足な学歴だけは得ても、大きな夢などなく生きてきた私にとっては、彼が誰よりもキラキラと輝いて見えた。
彼の東京の友達は、歌手になりたいとか、女優さんになりたい、メイクアップアーティストになりたい、ダンサーになりたい、みたいな大きな夢を追いかけている人たちばかりだった。彼の紹介でその人たちと仲良くなってからの日々は、毎日のように朝まで遊んで、大学の勉強もあまりせず、今までにないくらい堕落していった。いつか元の生活に戻らなければいけない日が来るとは分かっていながらも、魔法にかかっているのが心地よかった。
本気で思ってた、彼とならどこまででも堕ちていけると。
「迷ったら恋愛より友達を大事にする」が私のモットーだった
そんな時、彼と出会うきっかけになってくれた友達と私は、久しぶりに会うことになった。「わたし、好きな人がいるんだ。」「え!どんな人なの?」
聞き返した私が呑気だったのは、それがまさか彼だなんて考えもしなかったから。だって男なんてこの世に数え切れないくらいいるもの。思い返すとバカみたいだ。私と同じように彼を好きな人が目の前にいたというのに。あんなにキラキラした人と私なんかより先に出会っていたというのに。
とうとう私は自分の気持ちを言い出せなくて、この先どうすべきか、いくら考えても答えなんて出なかったけど、その日からとりあえず彼と毎日取っていた連絡をやめた。「迷ったら恋愛より友達を大事にする」が私のモットーだったから。
彼女はなにも悪くないのに悪女に思えてしまうのがイヤだったから。
ある日の真夜中、急に彼から電話がかかってきた。「俺と付き合わない?」
連絡を取るのをやめている間に予想以上に気持ちの整理が出来ていたことへの驚きと、友達への罪悪感。
「私たちの関係性に恋人って名前を付ける必要はないと思う。このままでいよう。」
これしか言えなかった。言った途端に気が付いた。全部自分に言い聞かせているだけだった、限りなく私は彼を愛している。誰よりもきっと愛しているけど、選んだこの道を歩いて行くしかない。好きな人と同じ思いなら、当たり前に恋人になるんだと思っていた。少なくとも今まではそうだったから。
悪女は他の誰でもなく、私自身だった
彼の恋人になりたいと切実に願っていたころの私、自分を優先しなくてごめんなさい。
悲しかったから、心が痛かったから、それらをかき消すように、考えないように、私は毎日鼻歌を歌った。歌いながら自分が無力に思えてきた。
1人じゃなにも出来ないのに、彼はもう私の一番近くにいる男ではない。
電話はいつも突然鳴る。
「俺のバイト先で一緒に働かないか」彼は言った。
「ああ、いいね、週2くらいなら入れるけど。」
ごめんなさい、私の大切な友達。
悪女は他の誰でもなく、私自身だった。
初めて悪女になった、甘くて苦くて酸っぱいハタチ。
代わりがないものが1つ増えて、楽しかったから、幸せだったから、私はまた鼻歌を歌う。
友達、家族、自分、それから男。
でもなぜかハイボールが美味しく感じない。