「似てなくてごめんね。じゃあね、おばあちゃん」
中学2年生の10月、体育祭で盛大に転んだドジをした私が、若かりし頃は運動神経が抜群だったおばあちゃんとした最後の会話だ。
おばあちゃんはこの数日後、脳内出血で倒れてしまい、しゃべることもままならぬまま、6年間の家族の在宅介護の末になくなって、もう8年が過ぎた。
そんなおばあちゃんに謝りたいことが、ごく最近あった。

期待通りに大きくなれなくてごめんなさい、と謝りたいかというと…

おばあちゃんと私は正反対の人間だった。
編み物を生業としていたおばあちゃんは手先が器用で料理が得意。
背も高く、運動神経もよく、いわゆる「グラマラス」な体型。
メイク道具の赤いリップに、紫や青のアイシャドウやヴィヴィッドな色の服を見ながら「すげぇ色」といつも思っていた。
一方の私は背は高くなく胸もなく、編み物は習っても習ってもとうとう上達しなかった。
いわゆる手先は不器用であり、体育の成績は下から数えた方が早かった。
おしゃれもそんなに楽しいと思えるタイプではなく、カブトムシを見つけたりアニメを見る方が好きなタイプの人間だった。

「まぁ、そのうちきっとあなたは背も胸も大きくなるわよ」
そう幼少期は期待されて育ったものの、私はとうとう大きくならぬまま歳を重ねてしまっている。
この年に言わせてしまえば、童顔が嬉しいと言える時期はまだ心が子供。
「私童顔なんです」という地雷女どころか花火が打ち上がってしまったような潔さが自分の中に出てきてからが真の童顔の本番である。

ここまでくると周りの友人がきれいな大人のおねえさんに成長し、同じようだった姿から美しく「羽化」するような姿を見ると、育成ゲーム系統が原作のアニメで「かわいいから」「おもちゃが売れなくなるから」といった理由で進化のキャンセルボタンを押されるメインキャラクターのような気持ちも分かってきた。

じゃあ、期待通りに大きくなれなくてごめんなさい、と謝りたいかというとそうでもない。
薄い胸はワンピースを楽しんで着れる。小柄な背はたまにヒールを履いてもかわいい。
幼い顔は買い物をすればおまけを貰えることもあるし、機転を利かせれば第一印象「この子はアホに見える」から評価の上では確実な逆転が可能だ。そのため、似ていなかった部分について謝る気も譲る気も毛頭ない。むしろいいだろと言いたい気分である。

人生に関しては、スポーツはダメだったがとりあえず勉強でカバーできるところまでは頑張ることができた。料理は上達した。そのため、そこは謝るどころかむしろ「どうだ!」と言いたい。なんなら洋食はおばあちゃんよりノウハウがあるかもしれない。

パーソナルカラーを通じて知った。確実に「似ていた」

私が謝りたかったこと、それは本当に最近知った「パーソナルカラー」のことだ。
パーソナルカラーとは、最近流行の人が本来持つ肌の色のタイプのことだ。
ネットを開けば「ブルベ」「イエベ」のどちらかと、色の組み合わせを季節で表現された似合う色が転がっている。

転職をし、テレワークが増えた生活の中で、そんなよくあるネット上の「ブルベ・イエベ、パーソナルカラー」の判断をやった時のことである。質問に答えた際に「ブルベ 冬」 と出た。ふーん、と思いながら色を見た際のことだった。見直すと、渋い青にビビッドな赤。
「おばあちゃんかよ」
二度見して、開口一番の感想一言目はこれだった。
ブルベ冬のカラーチャートを見た時、どこか懐かしさを感じた。

そう、なんと、ブルベ冬の色は、おばあちゃんのもっていた化粧品と同じ、というかむしろ持っていたモノそのものの色合いだったのだ。お年寄りだから薄い色をチョイスしないのはわかるけど、それにしてはやけにビビッドでちょっとはっきりしすぎじゃない?と思っていた色たちである。が、悔しいかな、今思い出すと、とても似合っていたのだ。
それまでの私は、化粧なんかほとんどしない。したって就職活動の薄口メイクだ。なるべくナチュラルな、ピンクやオレンジ、ブラウンなどを、なんとなくで選んでいた。そして、「いやぁ私には化粧は似合わない・技術がない、おばあちゃんとは違うから」と言い訳をしていた。そういう問題じゃなかったのだ。化粧というより色が似合わなかったのだ。コーラルピンクを選んでいた自分を白くなったサンゴで殴りたい。サンゴは動物として好きだが私の色としてお呼びではなかったのだ。

モノは試しと、ドラッグストアでローズカラーのリップを買った。せっかくだからと紫はちょっとと思いつつネイビーブルー のアイシャドウも買って、不器用ながらに線を引いてみた。自分の肌に、ローズカラーのリップやネイビーブルーのアイシャドウ は、素人の私でも明らかに「似合う」と分かった。童顔や体型、化粧云々じゃなくて「色」であった事実をまじまじと見せつけられた。若かりし日の最盛期のおばあちゃんの写真はカラー写真ではなかったが、こんな色が見えていたのかな。そう思うと、思わず「なんだよ、すげぇかっこいいじゃん...」と呟いてしまった。
それを機に化粧を盛大にするようになって大変身!というわけではないのだが、私の中で衝撃を受けた経験だった。体型や顔こそ似なかったかもしれないが、系統は違うかもしれないが、似合う色は確実に私とおばあちゃんは「似ていた」のだ。

なんだかんだ言って私たちは、「似ている」おばあちゃんと孫

おばあちゃんが亡くなった寒い冬の日、死装束だけじゃこの時期はなんだからと棺の中のおばあちゃんの上に、生前よく出かける時に着ていた渋い紫のコートを出してかけて送り出してあげたことを思い出した。
おばあちゃんらしい送り方を…と思って家族でとっさにしたことだったが、的確に似合う色をあのおばあちゃんは選んで着ていたことを、これを通じて思い知らされた。
イエベ・ブルベを知り悩み現代の英知を使いうーんうーんと己の化粧に対して放棄と悩みを十年くらい繰り返した末の私のあの苦労を何気もなしにし、去り際までごくごく自然にキメたおばあちゃんは策士だと思った。
これはやられた。「すげぇ色」は別の意味に変わり、私の化粧ポーチに強い味方として加わった。

パーソナルカラーがおばあちゃんとかぶっていた。
後悔して泣いて心に残り続けて謝ることではないが、心に残った経験だった。
今おばあちゃんに一言謝ることができるなら、会えるならば開口一番に「久しぶり」といった後に、
「ごめん!私もそこそこおばあちゃんに似てて、赤リップとか青とか紫のアイシャドウが似合うタイプだったよ」
と、なるべくきれいに化粧をした上で、タハハと頭を小さくかきながら謝りたい。
どこかに行けるならば、堂々とデパートで紫のアイシャドウでも買ってあげたいなと思う。
私は胸の薄い運動音痴の童顔だが、なんだかんだ言って私たちは「似ている」「仲良しの」おばあちゃんと孫である。