「ねえ、おじいちゃんはいつ死ぬの?」
3歳の頃、私はおじいちゃんにそう聞いた。
その瞬間、「なんてこと言うの!!!」とお母さんに怒られた。
一瞬、なんで怒られているのか分からなかった。
人はいつか死んじゃうものだって知った時、周りで一番歳をとっているおじいちゃんだから、最初に死んじゃうのはおじいちゃんだと思った。

ちゃんとお別れを言いたかったから、「いつ死ぬの?」と聞いた

死んで欲しくない。でも人は死んじゃうんだ。
だったらその分、死んじゃう日までにたくさん遊んで、最後は笑顔でばいばいしたい、そう思って聞いた。
死ぬ日がわかったら絵だって渡せるし、最後にちゃんとありがとうも言える!
私にとってはおじいちゃんに喜んで欲しくて言った言葉だった。名案だと思った。
でも、そんなこと当時の私は上手に説明できない。

「だって…」
「だって。じゃない!自分が何を言ったか分かっているの!?」
お母さんが怒っていることが怖くて、「ごめんなさい…」とお母さんに向かってひたすら謝った。何が悪いのか分からず、ただただ泣いた。
そして、おじいちゃんに向かっては謝らなかった。

幼心に罪悪感が残っていたのだろうか。この出来事は常に頭の片隅にあった。
あの時、本当に謝らなきゃいけなかったのはおじいちゃん。
私の言葉で傷つけてしまったんだ。
そう気が付いたとき、私は小学生だった。

私の家は2世帯住宅。
学校帰りにそのままおじいちゃん家に寄るのは日常茶飯事。
「学校でプルタブ集めているんだ!」と話したらびっくりするくらい集めてくれたり、お絵かきが好きな私にたくさん画用紙や色鉛筆を用意してくれた。
急に「ほら、小遣い!」とくれた平成の天皇陛下の御即位記念硬貨は今でも大切に保管している。
他にも漫画やお菓子など、色んなものをくれるおじいちゃん家が大好きで、お母さんが迎えにくるまでずっといることも多かったから、謝るタイミングなんていくらでもあった。

でも、今更謝るなんて…。変なプライドが邪魔して、この話に自ら触れにいきたくもなくて、直接謝ることはできなかった。
もう覚えているわけないし、言われたって困るよね…。そんな言い訳しつつも思い出す度、心の中ではいつも謝っていた。
そうして直接言えないまま、私は中学生になった。

謝る機会がないまま、おじいちゃんは亡くなってしまった

ある日、部活から帰ってくるとお母さんが「おじいちゃんが倒れた。入院している」。意味が分からなかった。
その上、危険な状態で、未成年は面会謝絶だからと暫く会うことすらできなかった。

病状がよくなったと病院で会うことが許可された時、おじいちゃんは寝たきりで喋れる状態ではなかった。
ショックのあまり、手を握るので精一杯。話しかけることができなかった。

そうして謝れないまま、突然、おじいちゃんは亡くなった。
朝、学校へ行こうと起きたら亡くなっていた。
おじいちゃんの亡骸を見てから学校へ行ったけど、あまりのショックで学校は早退してしまった。
結局、直接謝ることはできなかった。

消えることがない後悔。なぐさめられたら忘れてしまうかもしれない

おじいちゃんが亡くなって10年。
小さい頃の記憶なんかほとんど残っていないのに、この記憶だけは全く消えない。
遅くてもちゃんと言葉にして謝ればよかった。
今でも、直接謝れなかったことをずっと後悔している。

この話を聞いて、「大げさすぎる」。そう思う方もいるかもしれない。
「もう気にすることないよ」。そう言ってくれる人もいるかもしれない。
もし誰かにそう言われたら、その言葉を免罪符にして忘れてしまうかもしれない。
だから、お母さんにも友達にもこの話をすることは一生ない。

誰に向ける訳でもなく、でもおじいちゃんに届けばいいなと思いながらこうやって書くくらいがちょうどいいのかもしれない。

きっと、この何とも言えない罪悪感と一生向き合って生きていくんだろう。