結婚、どう思う?
分からない。私も向こうも。10年経ったら分かるんだろうか。

すこーんと高い青空がオレンジ色に傾くまで話し合った。きっかけはなにかあまり覚えていない。久しぶりに顔を合わせることに私の神経が高ぶっていたのか。向こうが謝らなければいけないことがあるなんて言ってきたからか。お互い二十歳という節目を迎えることに多少の気張りがあったからか。恐らく全てなのだが、長らく触れてこなかった今後について話し合うことになった。

快晴のお出かけスポットは風が強い日でもカップルにファミリーに、と人はどこにでもいた。コロナウイルスの猛威も今より広がっていない2020年3月のある週末だった。いつも長い休みの度に会っている時のように他愛もない話をして、お昼を食べて、それでも前置きは足りなかった。向かい合って話すことは厳しく、歩きながら話すことにした。平和的な空間にそぐわない雰囲気を携えて。

高校二年生の秋「結婚しよう!」と笑顔で彼女に言われた

悪いと思っていたことがあると向こうがもぞもぞと切り出した。実は私にもつかえていることがあった。別に私たちは何でもないのだが。

忘れもしない。高校二年生の秋「結婚しよう!」と笑顔で彼女に言われたこと。高校生なんて人生で一番血迷う時期と言っても過言ではないから、変なゾーンに入っていただけかもしれない。でも私は嬉しくて嬉しくて、だから、汚れがかった白い床はぴかーんと輝いて、後ろの窓からは光が差し込んで見えたように記憶している。その時この人と私は同じ方向を向いている、同じ未来を見ている、そんな風に思えた。この人に幸せになってほしい、そして幸せにできる人が私であってほしい。同性という障壁を超えて、彼女もそう思っているのだと知った。けれど私たちはその時もその前もそしてその後も何でもなかった。関係性に名前を付けなかった。お互いの心の中でお互いが一番大切な他人であると信じていて、それを分かっていたから。それに何かを始めてしまえば、終わる可能性があるから。だから平行線のまま、私たちは強いて言うなら誰も入り得る余地がない親友というラベリングだった。

「じゃあ、付き合う?」その問いへの彼女の答え

物理的に離れている間様々なことがお互いに起きていた。彼女が私たちが共通で知る男の子と少し良い感じになったこと。私が他の女の子に少し惚れていたこと。私たちは何でもないのだが、ずっと申し訳ない気持ちでいっぱいだったと、それぞれ泣いたり叫んだり笑ったりして白状した。

分からなかった。自分たちを縛ってしまっている気もしたし、反対に確固たる何かを2人の間に作った方が良いような気もした。もしまたどちらかが互いではない人を見つめ始めたら、どちらかが待っているのにもう一方が違う方向へ進んでしまったら、結婚するって……私たちは何なのか今決めなければならないのではないか。共に先に進むか、ここで先に進むことはないと断言するか。私が先を急ぐように話すと、彼女は「好きなのに、先はないなんて、断言なんて違うよ」と言った。「じゃあ、付き合う?」私が喉を熱くしながらこぼれるように声にすると、彼女は「でも」とか細く、しかし風に負けない声で私に告げた。

「普通って良いなって最近思ったりしてさ」
「普通っていうのは」
「子供って良いな、とかさ」

その一撃はかなりの効き目があった。胸の中から何かがずんっと突き上げた後、内側から背骨をじわじわと化学薬品でも使って溶かされているように感じた。同じ未来を見ていると思った彼女が今「子供」という言葉を出したのだ。私の未来に子供は居なかった。毅然と言い放ったように見えた彼女は下を向いていた。覗き込むとその目はなぜだか寂しそうだった。

10年経てば婚姻届が出せるようになるかも

「だから、あと10年じゃないかな。ほら、10年経ってお互い一人だったら、結婚する。」
2人で顔を見合わせずにふっと笑った。

彼女が放ったこのフレーズは決まり文句だ。何かの折で今後について話し合う時私たちはよくここに着地した。自嘲的に言うわけだ、「普通の獲得」が出来なかったその時は共にいることにしようと。時が経つにつれて彼女の「普通の獲得」への思いはブラックジョークから輪郭を持った未来へと変わろうとしているのかもしれない。高校二年生の時重なり合っていた未来は少しずつズレていき、今2人はそれぞれに広がるぼやけた景色を捉えようと模索している。

「まあそうだね、あと10年様子見るか。」

あと10年。10年経てば変わることも多いかもしれない。すべての自治体でパートナーシップ制度が導入されているかもしれない。いや、婚姻届が出せるかも。選択的パートナー別姓も出来るかもしれない。そうなってくると私と彼女の結婚の機運も高まる。あと10年私たちは何でもないまま進むのだろう。その間私は、もしくは彼女は、都合のいい誰かとふらりと出会って、いい具合に消費し合って、そして別れて時を過ごすのだろうか。10年経って私も彼女もお互い一人だったら「やっぱりな」とか言ってくっ付くのか。いや、また10年後に、なんて言い出すかも。もしかしたら都合のいい誰かが私の運命の人になるかもしれない。彼女がいきなり知らない誰かとの子供を私に見せに来るかもしれない。誰にも分からない。

1つ確かなこと。彼女が言うに私は彼女の人間ランキング1位らしい。お互いの心の中でお互いが一番大切な他人であると信じていて、それを分かっている。このことに変わりはない。だからどんな10年後だって良い。2つの未来が再び重なっても、離れて違う形を持とうとも。10年後もその思いは変わらないから。