彼と初めて出会ったのは、紫陽花の季節だった。塾講師のアルバイト先で出会った彼は、私よりも少し年上の大学院生。彼と話してすぐに、人間的に優れている、と感じた。実際周りからも完璧な人、と言われていた彼は、どんな年代の人とも会話を盛り上げることができたり、字がとても綺麗で料理も得意で、些細なことにも丁寧さと知性を感じさせる、それくらいなんでもそつなくこなしてしまう要領の良い人に見えたのだ。

対して、私はそのような人からかけ離れたところにいた。要領も良くはないしガサツ。でも、なぜか彼と話していると、心地よさを感じた。たぶん、お互いが持っている生粋の暗さであったり、価値観(こんな言葉は使いたくないけれど)が合ったのだと思う。お互いの距離が縮まるのはあっという間で、ありがたいことに、彼は私に告白をしてきてくれた。

恋愛において相手の人間性だけを見て人を好きになろう、と決めていた

私自身、恋というのが得意じゃない。私は恋に落ちやすいけれど、極端に冷めやすい。容姿がタイプな人に出会うとすぐ好きになるくせに、会話をしていくうちに感じるその人の欠点を見つけてしまうとなぜか一歩引いた冷静な気持ちになってしまう。片思いをした相手のことも知れば知るほど、距離が縮まれば縮まるほど、本当は全然好きではないことに気づく。結局は、一人で過ごすことの心地よさに行きつく。自分は全く完璧ではないくせに、ミスターパフェクトを求めるような、生粋の恋愛に向いていない体質だ。

そんな感じで過ごしてきた私の恋愛歴は乏しい。求められて付き合う、といったような恋愛は数々あったけれど、短期間のうちに私が冷めて別れを切り出してしまう。色んな人と付き合うよりも一人の人と長く深く付き合いたいのに、それができずコロコロと相手を変えてきた。そして、すべての冷めてしまう原因が相手の内面的なところであることに気づいた私は、今後の恋愛において相手の人間性だけを見て人を好きになろう、と決めていた。

そんな私にとって、彼は理想のタイプであった。人としての魅力がありすぎる彼を見た私は、彼といれば幸せになれると心の奥底から感じた。
そして付き合った。彼は話の話題が豊富で、いつも私を楽しませてくれた。二人でいる時間は、とてつもなく穏やかで一生過ごしていけると思った。相手もそう思ってくれていたらしく、お互いの将来のことをちゃんと話あったりもした。

人間性には惚れたけど彼を性的に魅力と感じなかった

でも、私はなにか違和感を感じていた。それは、付き合ってから一度も、私は彼を性的に見ていないということだった。
そもそも付き合う前にそういうところはチェックするのが普通だろうけれど、当時の私は性的に見れるかどうかなんて後回しでしかなく、むしろどうでもよかった。彼の外見ではなく、人間性に惚れ込んだ自分自身にさえも誇りなんて持っていたりして、めちゃくちゃバカな痛い女だった。

性的な魅力を感じない相手と一生の関係を続けていくことは、むりだった。キスをしても何も感じないのに、それでも長く関係を続けていく自分はひどく冷徹な女のように感じ、別れを切り出した。
別れを告げたとき、私ははじめて彼の取り乱した姿を見た。今まで私の前では余裕のある頼れる男だった彼が、泣いたのだ。それを見たとき、あぁこの人もちゃんと完璧じゃないんだなと悟った。今までの完璧さの裏にある彼自身の人間らしさを見た時、ショックを感じてしまった自分自身を私は深いところまで嫌った。なんでこんな素敵な人のこと、傷つけてしまったんだろうとそれはもうひどく反省した。

完璧な人と一緒にいれば私も最強になれてしまう気がした

自分で振っておいて、しばらくはずっと無気力だった。恋愛において振った人はひどい、振られた人はかわいそうという言葉がある。
でも、私は思う、振った人もちゃんと傷ついているはずだ。好きな気持ちがなくなってしまうのは、恋心を失うことは、悲しい。相手からの愛情を受け取って返すことができない自分自身はなにかが欠落しているような気持ちになるし、相手を傷つけることもとてつもなく胸を締め付けられる。そして我に返る、今までの恋愛で私は何を学んできたんだろうと。自分自身のせいで、また誰かを傷つけてしまったと。

性的な魅力を感じなかった彼との関係を今までつなぎとめてきたのはなんだったろう。それはたぶん、彼の内面なんてものではなく、彼のステータスのことでしかなかったのだ。
理系大学院生の彼は商社に内定をもらっていたし、年上だったから頼ることもできる、
すべてのことにおいて私の足りないところを補ってくれる、いわば甘えさせてくれる存在でしかなかった。
ハグをしたとき、なにも感じなくてごめんなさい。心の奥での好きを無視してでも大事にしていたのは、私の弱さを取り繕うための安定材だった。
彼とずっと一緒にいれば、もう何も恐れることなどない、将来におけるコンプレックスなど今後一生発生しないと。彼と一緒にいても、私の存在価値が高くなるなんて決してないのに、完璧な人と一緒にいれば私も最強になれてしまう気がした。それっぽっちのことが、私の”幸せ”だと感じた。
本当の幸せは、本当の好きは、絶対にそんなんじゃない、間違っている。

あれから私は、しばらく恋をすることをやめた。私は私を見つめなおして、変える必要があると感じたのだ。もう誰かを巻き込むなんてことはせず、自分自身のことは、自分で高めてあげるしかないと悟ったのだ。恋愛においても、人間そんな完璧な人なんていないのだから、相手の欠点を愛す覚悟を持てるくらい、好きな人を見つけようと決めた。もう相手のステータスなんて関係なく、自分の直感を大事にしようと思った。
とあるサイトでこのような言葉に出会った、「理想の高い人は、一目ぼれみたいなパっと見て惹かれた人を好きになった方がいい。それは自分の遺伝子レベルで感じる好きなのだから。」と。
その言葉を信じ、頭でっかちで考えすぎな恋愛をやめることを決めた私は、幼稚園の頃の初恋の気持ちを今、取り戻そうと自分磨きに励みながら毎日過ごしている。