運命ってあるんだって、初めて思った。
「初めて会ったときにピンときました」
「雷が落ちたみたいな衝撃」
「ビビッと来た」
有名人が、周りの友人が、結婚相手について語るときの常套句。それら全ての意味をその瞬間に完全に理解した。あぁ、これが噂の、運命ってやつですか。
彼と会う度に、小さな奇跡みたいな偶然がわんさか起こった
彼は友達の友達で、なぜか3人で飯いこうと誘われたので、なんの心構えも緊張感もなくノコノコと参加した。まさかこんな天災みたいなものに巻き込まれるなんて思いもしなかった。
顔を合わせた瞬間に、「なんかわからないけど、いいな」と思った。
彼の携帯カバーが、私の大好きな、けれどもそう有名ではないイラストレーターさんのもので、話が盛り上がった。好きな漫画も作家さんも同じだった。話しているときのテンポや物の考え方が、がっちりハマった。何度も何度も発言がハモって、その度にびっくりして目を合わせた。
その2日後には2人で会って、その翌週も翌々週も2人で遊んで、その度に小さな奇跡みたいな偶然がわんさか起こった。
付き合ってください、と言われて世界を手に入れたみたいな気分になった。相手にも、運命だと思ったと言われて、やっぱりそうだよね、と笑い合った。
でも、付き合ってすぐに彼の私への態度は一変した。
「運命だからそんなはずはない」と気づかない振りをし続けた
付き合ってすぐ体を許したから?
私のスタイルが悪かったから?
好きって言いすぎたから?
構ってほしがりすぎた?
最初のきっかけはよく分からなかった。
彼の急激に冷めた態度に混乱して、でもこれは運命だからそんなはずはない、と気づかない振りをして、気づけば夜遅く家に呼ばれて、朝すぐ帰されるようになっていた。本当に、私の好意を良いことにボロ雑巾みたいに扱われていたと、今は思う。
でも私は「運命の恋」にすがりついた。冷たくされる度に、ごめんなさい、と言った。果ては彼が財布を忘れたときにまで、私のせいでごめんなさい、と言った。財布忘れてない?と気づけなくてごめんね、と。嫌われたくなくて、狂っていた。
どんどん沼に落ちるみたいに卑屈になる私に対して、彼の中でも利用価値よりも面倒臭さが勝ったのだろう。今週は会える?と聞いたLINEに「もう会えない」と言われて、呆気なく関係は終わった。たぶん最後は彼女ですらなかった。
それでも最後にどうしても会って話したくて、本当はもうあげたつもりだった漫画を、返して欲しい、と返信した。
「うちのドアにかけとくから、適当に取りに来て」と言われた。
1時間かかる彼の家まで遥々行って、本当にドアにただかけてあった、セブンのビニール袋に入った本を回収した。本の表紙が真ん中で折れ曲がっていた。
私の運命は3カ月で終わった。
理由も聞けないまま別れた相手。どうやったら終止符を打てるの?
そのあと4年経ってから一度だけ、朝の通勤電車で気づかず隣に座ったことがあった。降りるときに携帯カバーとスニーカーを見て気づいて、心がガタガタに震えた。家が近いわけでも会社が近いわけでもないのに、なんで?と固まったけど、なんとか声をかけずに降りた。
こんな偶然あるんだ、と思うと同時に、神様が用意した運命の相手は、やっぱりこの人だったんだろうと思った。
その時の自分の動揺の大きさで、この恋がまだ生傷だと気づいた。カサブタにすらなっていなかった。
あんなに私の心をぼろぼろにした男に、未練も何もないはずなのに。大好きだった相手に終止符を打ってもらえない恋愛が、こんなに残酷に尾を引き続けるものだと知らなかった。
あの時の発言がうざったかったのかなとか、あの時拗ねたのが面倒だったのかなとか、思い当たる節を探して自分を納得させようとしてはみるけれど、それは自分の想像でしかないから、嫌いになったきっかけを、ふる理由を、もはや嘘でも綺麗事でも良いから、彼の口からきちんと伝えて終わらせてほしかった。
この傷はいつになったら癒えてくれるんだろう。
5年経った今でも、他に大好きな人ができた今でもまだ、血だけが流れ続けているような気がする。