ばあちゃんは、じいちゃんのことが大好きだった。戦後間もなく、お見合いをして結婚し、子どもを6人授かって、長年連れ添った。
じいちゃんが他界してから、ばあちゃんはじいちゃんを思い出しては泣いていた。「さみしい、さみしい」と泣いていた。そんなばあちゃんを見て、何もできなかった。
わたしは「ばあちゃん子」。小さい頃からいつも一緒にいてくれたね
わたしは、所謂ばあちゃん子だった。共働きの両親の代わりに、ばあちゃんが毎日夕飯を作ってくれた。朝早く起きて、家中をほうきで掃いて、畑仕事をして。ばあちゃんのことを、子どもながらにすごいと思っていた。そんなばあちゃんが、じいちゃんを亡くしてから、小さく、小さくなっていくのを感じた。
高校3年になったわたしは、目の前に進路という課題を突きつけられていた。進路の話が家で出るたび、ばあちゃんはわたしに「あっちゃんは家から通える大学が良いよ」と言っていた。2つ上の姉は大学進学とともに家を出ていた。きっとばあちゃんのさみしい気持ちには、拍車がかかっていたのだ。
その気持ちに気づいていたくせに、わたしは上京することを決め、故郷を離れて一人暮らしをする道を選んだ。何かを変えたいと思っていた。
大学に進学してから、たまに実家に帰ると、その度にばあちゃんは泣いていた。わたしは次第に、何かと理由をつけて、実家に帰らなくなった。
忘れられているかもしれないと思ったけど、ちゃんと覚えててくれたね
大学2年の6月。父から「ばあちゃんに会いに来い」と連絡があった。その時すでにばあちゃんは入院しており「次に会うのが最後かもしれない」「痴呆もあるから会話は難しいかも」と言われた。
父と共に、病院に行った。病室に入ると、久しぶりに会ったばあちゃんは、あまりに細く、さらに小さくなって、透明な管が何本も繋がれていた。何を話していいのか、言葉がなかなか出てこなかった。
父が部屋から出て行き、ばあちゃんの隣に腰掛けて「ばあちゃん、来たよ」と声をかけた。ばあちゃんは、何かを言っていたが、わたしに向けられた言葉ではなかった。もう、ばあちゃんと話せないのか。目の前にいるのは、わたしの大好きなばあちゃんなのに、ばあちゃんではない誰かのように感じた。
しばらくすると、看護師さんが来て、ばあちゃんに声をかけた。
「あら、こちらはどなたですか?」
するとばあちゃんは「孫です」と、ハッキリと答えた。わたしが来たこと、ちゃんと分かっていたんだね。嬉しいやら、悲しいやら、涙が溢れた。ばあちゃんには、泣いていることに気づかれたくなくて、その後は何も話せずに病院を後にした。
数日後、ばあちゃんはこの世を去った。
いまでも人生の大きな変化をむかえる度に「ばあちゃん」を思ってる
もしも、わたしが上京せずに実家にいたら。たくさん一緒に出かけられたよね。わたしの運転じゃ怖いかもしれないけれど、毎週末でも、ばあちゃんの好きな日帰り温泉に連れて行って、背中を擦ってあげたよ。小さい頃、何度も一緒にお風呂に入ったように。
泣いている小さな背中を撫でて、隣にいることもできたよね。じいちゃんとの思い出話を聞いたり、私の恋バナをしたり。じいちゃんとの寝室、ひとりじゃ寂しかったよね。一緒の部屋で寝たらよかった。
上京していても、たくさん電話をして、バイトで貯めたお金は実家に帰るために使えばよかった。
あまりに未熟なわたしで、ごめん。自分のことばかりを考えていた。ごめん。もう届かないかな。
ばあちゃん、わたし、大学で出会った人と結婚したよ。
結婚式では、中座の時にじいちゃんとばあちゃんと歩く予定だったんだ。間に合わなかったね。でも代わりに、2人の写真を持って歩いたよ。
それから、娘が産まれたんだよ。ばあちゃん、ひ孫だよ。
こうやって、自分の人生の大きな変化をむかえる度に「ばあちゃんが見たら何て言ってくれるかな」と考えているよ。
「ウエディングドレス、どうだった? キレイだと言ってくれたかな」
「娘、わたしの小さい頃に似てる? 抱っこして欲しかったな。きっと、泣いてくれたよね」
ばあちゃん、見てくれてるかな。
わたし、ここで頑張っているよ。
あなたの孫は、いつまで経っても、あなたのことが大好きだよ。ありがとう、ばあちゃん。