あの日も、いつもと同じ駐車場の車内に二人はいた。
18歳で初めて彼氏ができた。付き合って1ヶ月した頃、彼は「お前を守る。ずっと一緒にいような」と言った。
恋人に言われた言葉は、まるでプロポーズをされている様な錯覚に陥った。
ただただ、胸の奥から幸福が溢れ、明るい音色の様な心臓の音を世界中の人々に心底自慢したいと思った事は今まであっただろうか。
別に決まりはなかったが、二人が大好きなTEEの『ベイビー・アイラブユー』が必ず車内で流れていた。たくさんの楽曲がある中で、いつもたどり着くのは、この歌だった。
初めての彼氏は優しい笑顔で、変わらず私を愛してくれていた
その日の帰り道は、いつもより何十倍、いや何百倍も特別に聴こえた。無免許の私は助手席、デートのBGMは『ベイビー・アイラブー』が二人の定番って所かな。彼は、あの日以来、誓いの言葉は伝えてくれなかったが、変わらず私を愛してくれた。
隣町まで車を走らせては、素敵な景色を二人で見た。私が仕事終わり疲れている時や、出張で県外へ行った際、電車に財布を落として帰れなくなった日も変わらず笑顔と優しい声で「お疲れ様!」って彼は車でどこまでも迎えに来てくれた。そこにはいつも彼と私とお決まりのBGMがあった。
デート中、どっかのタイミングで『ベイビー・アイラブユー』を流してくれるのだが、ある日、彼が迎えに来てくれた車には知らない曲が流れていた。珍しいなと思いつつ気にも留めなかった。「たまには違う音楽も聴きたいよなぁ」と。
それからというものは、専ら車内から流れてくる事はなかった。いつしか喧嘩が増え、会う回数は減り、ついに私の心の不安から勢いで放った「別れよう」に対し彼は「分かった」とだけ口を開き、最後さよならをした。その日は、偶然にも彼の車内から『ベイビー・アイラブユー』が流れていた。
大好きだった彼とすれ違って別れたけど、どこかでまだ信じていた
ただ一つ彼に対して後悔があった。私は彼とお付き合いしてる間一度も“最後”までいかなかった。理由はただ一つ。彼の事が好き過ぎて、唇を交わすだけで胸がいっぱいになってたからである。
私の友人に話すと「大袈裟やな~」と言われていたが、本当の話である。彼は「自分のペースで良いから」と言い、いつも服を着た後抱きしめてくれていたのに。
彼と別れ、あれから数年の間、私は狂ったかの様に、不特定多数の異性と心以外、体だけを交わした。
初体験は、別に好きでもない人だった。自分の悲しみを補いたいがゆえ、心と体の痛みを共にした夜を何度も超えた。あの日の「お前を守る。ずっと一緒にいような」と彼がい言った言葉が忘れられなくて、いつか戻れるんじゃないかって…。
誰とも付き合わず、恋に発展する前に私から距離を置くのを繰り返す。そんな中、偶然電車のホームを歩いていると後ろから肩を叩かれた。
あの、大好きだった彼であった。時が止まった。心臓が止まるかと思った。何年振りだろうか。平然を装っていたが私は、少しの期待を持ってしまった。軽く言葉を交わし、さよならをした。
10年前の私はまだ分からなかった。心も体も繋がる「幸せ」の意味
別れた当時、若さゆえの行動で連絡先を消してしまっていたが、すぐさま流行っていたFacebookで名前検索するとヒットしたのだ。再会に時間はかからなかった。“最後”も同じく。
服を着てる私の横で、彼は寝ていた。その時全てが繋がった。彼の、あの日々の言動。
私は一緒にいれるだけで幸せだった。彼はきっと心も体も繋がる事で、幸せを共有したかったのだろう。
そのために私のワガママを全て聞いてくれていたのに、彼のワガママやお願いは“最後”まで聞いてあげれなかった。私の一方通行の愛情表現しか出来なかった。
それ以降、彼と会う事も連絡を取る事もなかった。当時の彼の気持ちを私なりに解釈した。彼と最初で最後にした“最後”の夜の出来事だった。
あの日の恋から10年、右往左往しながら人並みの恋をして、やっと大切にしたいパートナーが出来た。いつか子どもが産まれて、恋に悩んでる時にこの話をしようと思う。
あの日の彼に「ごめんね、そして気づかせてくれてありがとう」と言いたい。
そして、私たちの大人の青春を共にした『ベイビー・アイラブユー』にも心から感謝を込めたいと思う。
この街は変わってく。明日も明後日も。