私は二人姉妹の長女で二歳下の妹がいる。
昔から口喧嘩や髪の掴み合いをすると「お互いたった一人の姉妹なんだから仲良くしなさい」と母によく言われた。

母はいつも色違いのワンピースとかおそろいの髪飾りを着けさせて、どこに行くにも何をするにも妹と一緒。
色違いの服を着る時はなぜかいつも妹がピンクで私が水色。もしくは妹がピンクで私が赤。妹が下げてるピンクのポシェットを持ちたくて仕方なかったけど、私は“お姉ちゃん”だからずっと我慢してた記憶がある。

私を自慢の姉だと慕う妹 友達のように仲がいい

妹は昔から私の後ろをついてくるような子で小学校は一緒に登下校し、中学では同じ部活に入り、高校では私と同じ高校・学科・部活、さらには生徒会まで真似して入り、高校卒業後は私と同じ短大に進んだ。
どこまで私の轍を踏めば気が済むのか、と心配する一方でどこか私の真似をしてくれて恥ずかしくも嬉しい自分がいた。

私を自慢の姉だと言い、よそでは「お姉ちゃん」と呼ぶけど家族と私の前では「もんぴちゃん」とか「もーやん」とか変なあだ名を何個も作って呼ぶ妹。いつもついてくる妹は私より背が高いけど、最高に可愛くて大好きだ。毎年二人でタイに行ったり京都に行ったり、本当に友達のように仲がいい。

真似するのが好きな妹は、私と同じ会社へ入社

短大卒業後、私はとある会社に就職した。短大時代のバイト先はさすがに違ったので、(妹の)就職先を聞いた時は本当に驚いた。私の働く姿を見て同じ場所で働きたいと、妹はまた私の轍を踏んだのだ。

妹は毎日仕事の話をしてくるくらい本当に順風満帆だった。
けれどある時、会社のお局から妹へのいじめが始まった。その人は新入社員をいじめるのが好きで、それが原因で辞めた人が何人もいた。私もそのお局からいじめを受けたことがあったけど「コイツのせいで会社辞めてたまるか」と念じながら耐えていたら、いつの間にかそのお局は異動になっていた。

一人だけ強制的に残業させられたり貶されたり、執拗にいじめを受けた妹は次第に無表情が増え、通勤途中で過呼吸を起こした。病院で適応障害と診断された妹は会社を休職し、一年後に退職した。
私は妹の復職を願いながらパワハラの現状を訴えたけど、会社は動いてくれなかった。会社の対応に納得がいかず、私への嫌がらせも始まり、もうどうでも良くなって私もそこを退職した。

二人ともプータローの間は家族旅行に行ったり、カフェで平日限定ランチを食べたり、とにかく心も体もお休みをいただいた。

休職から一年後。少しずつ回復した妹は新たな職場に就職した。
その一週間後、私も別の企業に再就職した。妹が再就職した職場は今度こそ人間関係もとても良好で、妹は毎日楽しそうに仕事をしていた。それが私は本当に嬉しかった。「今度こそ自分らしく働けるね、本当に良かった」と。

私の職場は私以外全員男性で、入社してから分かったけどゴリゴリの体育会系だった。紅一点というだけで嫌な思いをすることが増え、泣いて目が腫れ、女子トイレから出れない日もあった。毎朝出社するのがとにかくしんどかった。いつの間にか楽しそうに仕事の話をする妹に苛立ちを覚えてしまうことが増えていった。この頃の私の精神状態は悪くなる一方で、妹に彼氏が出来たことも、新しい仕事を任されたこともせっかく教えてくれたのに素直に喜べなかった。最低な姉だと思う。

職場の男性社員から不愉快な言葉をかけられるたび「前の職場で働いていたら今頃どうだったかな」という考えがよぎっては、「自分で決めたことじゃん」とすぐに両手でかき消していた。

些細なことで妹と喧嘩。口をついて出た「死ね」の言葉

ある朝、最寄り駅まで母が私と妹を車で送ってくれた。車内で覚えていないくらい些細な事で妹と喧嘩をした。怒ると頭に血がのぼるタイプの私と、怒ると変に冷静になり「だから何?」が口癖になる妹。
「だから何?」にカーッとなった私は朝ごはんにと手に持っていた食べかけのバナナを妹に投げつけて、
「死ね!!!」と泣き叫んだ。

大好きな妹に死んでほしいなんで微塵も思っていないのに。

前の仕事、やりがいがあって、好きだったからずっと続けたかったな。
妹が私の職場に就職しなければ自分だけで上手くやれてたかな。未来は変わってた?
再就職して、いい環境に恵まれて、プライベートも充実して、幸せで良かったね。

私は大好きな妹が原因で好きだった前職を辞めることになったことが悔しくて、悲しくて、認めたくなくて、ずっとずっと我慢していた。

本当は一番私が妹の再就職を、彼氏が出来たことを喜んでいるはずなのに今までの積み重なった羨ましい・妬ましい醜い心がドロドロの塊になって、決して言ってはいけない言葉が口から飛び出た。
かばんがバナナまみれになった妹は何も言わず私を見つめ、やり取りを仲裁していた母は「お互いたった一人の姉妹なんだからやめなさい!」と泣きながら車の運転を続けた。
頭にのぼった血がゆっくり下がり冷静になった私は「ごめん」とぼそりつぶやいて、妹の目も見れないままウェットティッシュを手渡した。

自慢の姉じゃないのに、好きでいてくれてありがとう

私達が再就職してから二年が経過した。私も二年の間で男性社員からのセクハラへの対応策を身に着けて、以前よりは働きやすく仕事をすることができている。あの時の車内での喧嘩を今では笑い話にしてくれているけれど、「死ね」の二文字が妹の心を深く傷つけてしまったことに変わりない。

「本当にごめんね。最低だ。」と私が謝ると、「私も悪かったし。これからも世界で一番大好きだよ。彼氏よりも好きだよ!」と笑って後ろからハグされた。

ずっと辛い思いをして、やっと掴んだ幸せなのに、気持ちに寄り添えてなくてごめん。
前の職場で守ってあげられなくてごめん。
余裕がない自分が情けなくて、恥ずかしい。
自慢の姉じゃないのにいつも大好きでいてくれてありがとう。

いつか結婚しても、おばあちゃんになっても、ずっと変わらず私の大好きな妹。
来週は妹がうちに泊まりに来る。妹の大好物のキャラメルポップコーンを準備して私はその日を待つ。