私には、言えなかった「ごめんね」がある。それは、親友のMに対しての「ごめんね」だ。
私は高校三年生の時に、Mを傷つけてしまった。

私とMは親友だった。休日に一緒にお出かけしたり、おそろいのコーディネートでディズニーランドに出かけたり、テスト帰りには海を見に行ったりと、学生生活の半分以上を共に過ごした。
Mとは、お互いが抱える秘密も共有する位、何でも話す事が出来た。Mはすごく思いやりがあって、私が留学に行く時も手紙をくれたり、私の補習に付き合って、遅い時間まで学校に残ってくれたりした。まさにかけがえのない存在で、美人で優しいMが親友でいてくれる事が、私は誇らしかった。

それなのに。私はMを、傷付けた。

外部受験の私と内部進学の親友M。外部受験をきっかけに、私はMを避け始めた

きっかけは私の受験だった。
私は外部の大学を受験する事が、Mは内部進学で、付属の大学に行く事が、それぞれ決まっていた。今思えば、お互いに、何故その様な進路に決定したのかについて、少しでも話し合っていれば、まだその時は亀裂が入らずに済んだのかも知れない。

受験勉強は大変だった。並大抵の努力では受からない様な大学を志望していた為、朝から晩まで、死にもの狂いで勉強しなくてはならなかった。小学校から私立で、中学受験も高校受験も経験してこなかった私にとって、ずっと勉強し続ける事は、まさに苦行以外の何物でもなかった。学校という狭いコミュニティの中にいると、自分が聞きたくなくても、情報が自然と耳に入って来てしまうものだ。
ある時私は、同じ受験組の友達から、こんな言葉を聞かされた。
「内部進学は楽で良いよね。勉強しなくても大学に進める事が約束されてるんだもん。」

それは何となく、自分でも薄々感じていた事だった。私が死にもの狂いで勉強している隣で、Mは余裕そうにしている様に見えた。今思えば、ただの妬みと八つ当たりだったのだろう。それ以外の何物でもない。私が受験する事は、自分で決めた事。受験勉強がそんなに嫌なら、自分も内部進学の道を選べば良かったのだ。それなのに。
私は徐々に、Mを避け始めた。

毎日一緒に食べていたお弁当の時間も、Mが机をくっつけて待っている事は知っていたのに、わざと違う友達の所に行って過ごした。Mとは毎日一緒に帰っており、Mはどんなに私は遅くても必ず待っていてくれたのに、私はMを置いて先に帰ったりする事が増えた。目を合わせない様にしていた視界の端で、Mがこちらを見ていた事に、気付いていたけれど、私は見ないふりをしていた。

それだけではない。自分でも本当に最低だと分かっていながら、私は同じ受験組の友達とつるんで、Mの目の前で、内部進学する子の悪口を言ったりもした。
本当は分かっていたのだ。内部進学する子達は彼女達なりに、寒い中入試の手伝いのボランティア活動をしたり、進学志望書を書いたりしていた事に。決して楽しているのではなく、彼女達には、受験組とは違う苦労がある事に、私は気付いていたのだ。
でも知らないふりをして、自分だけが大変なふりをして、私は結局、高校卒業まで、Mと距離を置き続けた。
そしてそれきり、Mとは疎遠になってしまった。

「今度会えるかな?」高校卒業から1年程たった春の日。久しぶりにMから連絡がきた

まさに死ぬ気で勉強した甲斐あって、晴れて志望の大学に入学した私は、大学生活を楽しんでいた。慣れない生活に、新しい友達。毎日が新鮮で、学びの連続だった。
でも。そんな中で、心の片隅にはいつも、Mの事が気にかかっていた。Mも大学生活を楽しんでいるだろうか、今、どんな気持ちだろうか。そんな事を思っていた。

そんなある日の事。高校卒業から1年程経ったある春の日、Mから連絡が来た。
「今度会えるかな?」と。私は嬉しかった。Mから連絡が来た事、Mが私に会いたいと思ってくれている事に、安堵していた。私はすぐに返信し、その週末に会う事になった。

待ち合わせは、高校の最寄り駅。改札を通り駆け寄って来たMは、高校生の時よりも垢抜けて、更に美人になっていた。私はそんなMの姿を見て、無性に嬉しくなった。そして思わず、まるで何事も無かったかのように、「久しぶり」なんて言葉をかけた。
Mは手紙をくれた。「家で開けてね。」と、高校生の時と変わらない笑顔で言うMの言葉を鵜呑みにして、私はそれをカバンに仕舞った。
そのまま、高校を訪問した。かつて高校生だった私達が写真を撮った場所で写真を撮って、色々な話をした。まるで何もなかったかの様に、冗談を飛ばし合い、とても楽しい時を過ごした。高校生の時、テスト帰りによく寄っていた海にも足を運んだ。その時に初めて私は、Mに面と向かってごめんなさいを言った。Mは笑ってくれた。私もつられて、笑った。

Mに優しくしてもらう度、笑い合う度、今でも胸の奥がチクリとする

その日の夜、家に帰り、手紙を開けた。そこには、こう書いてあった。
「高校生の時は、受験の時に支えてあげる事が出来なくて、ごめんね。」
違う。違うのだ。あの時に冷たくしたのは、距離を取ってしまったのは、自分のせいなのだ。Mがどんな気持ちでいるのか、本当は痛い位に分かっていたはずなのに。
全ては、私のエゴと嫉妬と八つ当たりのせいだったのだ。それなのに。
私はその時初めて、自分がかつてMにした事の罪深さを思い知った。

今でもMとは、一番の親友だ。何でも話せる仲で、定期的に会ったりもしている。
でも、Mに優しくしてもらう度、Mと笑い合う度、胸の奥がチクリとする。それはまるで、一瞬の輝きを放つ線香花火の様だ。すぐに消えて、なくなっていく。折に触れて、Mと高校生の時の話題になる度、私はMに謝る。Mは「いつまで気にしてるの」と笑い飛ばしてくれるけれど、それでも私は、Mに謝り続けている。

しかし、思うのだ。いくら言葉にしても、自分が過去にやってしまった事は消えない。
自分の心にもMの心にも、私がした事は、永遠に「事実」として残り続けていくだろう。
私は言葉では謝った。しかしそれは、現在のMに謝ったのであって、高校生の時のMに謝ったわけではない。
だから私は、不可能な事だと分かっていても、あの時高校生だったMに、謝りたい。