なんとも不釣合いなテーマを選んでしまった気もする。なぜかって、現在絶賛無職だからである。

去年の暮れに、新卒で入った会社を退職した。幼稚園児の頃からずっと夢見てきた世界だった。華々しいイメージをもつその職に就いて約7年、がむしゃらに働いた。
と言えればかっこよかったのだが、辞めると決心してから思い返す私の“会社人”としての姿勢は、なんとやる気のないものだったことか。
上がらない給料、与えられない肩書き、やればやるだけ損をしているような気持ちになる残業。ありきたりな不満を並べては、効率第一というのは建前で、いかに毎日を楽にこなせるかを考えていた。

“夢”というのはある種の支えだったのだなと感じる。それさえ口に出しておけば、それ以外のことに目を背けていてもおおよそ許される。でもひとたびそれを失うと、現実に目を向けるしかないのだ。

夢という指針をなくして、歩むべき方向を見失ってしまった

入社してすぐの初めの挨拶で、私は「新たな夢を形成していく」ということを掲げた。
幼い頃からの夢は、その職に就いた時点で叶ってしまったからである。ここから先は新たに描いていくしかない。20余年私を導いてきた道標は、呆気なくその役目を終えた。それはまるで暗闇の大海に放り出されたような気分さえしていた。
だが働き出してからの私には、キャリアビジョンを形成する時間よりもはるかに外側の問題を考えている時間が多くなっていた。
2年目からすぐ幾人かの後輩を抱え、自身の実力の研鑽も不十分でありながら、後輩への指導に力を入れた。下の声を聞くという形式を採りながら全く聞き入れずに繰り返し行われる組織編制など、なかなか声を上げきれないであろう後輩たちに代わって、その時は誰より客観的であるという謎の自信のもとに、上に掛け合っては協議を重ねることに人一倍使命感を抱いていた。
自分自身の将来という、本来一番気にしなくてはならなかった問題に目を塞ぎ、外側の問題に対しても熱く語るわりにどこか他人事で、一線を引いて考えていた。年を重ねる毎に蓄積した鬱憤による会社への反抗的な態度を、俯瞰して物事を捉えられる私の強みなのだと錯覚していた。“第三者的意見“なんてそれらしい感じの言葉を盾にしては自分の意見を正当化した。
すべてが他人事で、それはなんとも気楽だった。声高に唱える分だけ空しさを増していくとも知らずに。

そうして危うい足取りで進んでいくうちに、ふと立ち止まった瞬間、なにもかも分からなくなってしまった。夢という指針を無くし、自身の現実にも目を逸らし新たな夢を形成することなく徒に進んだ結果、歩むべき方向を見失ってしまった。と言うか、とうに見失っていたのだが、気づかないフリをしていただけなのかもしれない。
振り返るとそこには、自尊心の塊の、頼りなくて情けない空っぽの自分と、行き先の途切れた暗闇が待っていた。立ち止まり、ゆっくりと息をする。私は立ち尽してしまった。
広くて暗い先の見えない未来、自尊心も責任感も何もかもを取っ払い、今という時間にとどまる事の安らぎ。
もう一度前を向いてどうにかこの道の先を創り出すことは、もうできなかった。

私にとって働く理由は、温かい暗闇に飲み込まれないため

私にとって働く理由とは、立ち止まらないためである。もちろん生きていくためにお金が必要だと言うのは大前提あるけれども……。
立ち止まる事の安堵と恐怖を、それはつまり何もない、あの温かい暗闇の恐ろしさを、今でも身近に感じるのだ。あの場に居続けてはならないと、自分の中の自分が警鐘を鳴らす。

今はまた新たな夢に向かって、すぐ側に広がるその暗闇に飲み込まれないように必死に耐え続けている。
次は歩み続けられるようにと。