今でも、思い出すと心臓がぎゅっとなる出来事がある。
まだ若かったから、未熟だったから、言い訳はいくつでも思いつくけれど、それでも波のように後悔が襲ってくる。あのとき、あんなことを言わなければよかったな。
私は小学生のころはとても活発で、男の子に混ざってボール遊びや探検ごっこをするのが好きだった。だから、中学にあがっても男女関係なくはしゃぎたかったし、楽しいことはみんなで分け合いたかった。
でも、思春期とは残酷なものだ。中学1年生でもませた子たちは同性のグループだけで行動するようになっていたし、すぐ愛だの恋だのの噂がたつし、相手の本心を探ろうと言葉の裏を読もうとするし、男女入り混じって純粋に遊ぶことなんてほぼ不可能に近くなっていた。
皆が急激に成長してどんどん大人の階段を上っていくなか、私はまだまだそんなものに目を向けたくなくて、まだまだ日が暮れるまでかくれんぼとかやっていたくて、少し出遅れてしまったのだ。
仲良しの男友達から「2人で映画に行こう」と誘われた。そのとき私は……
出遅れてしまったから、逆に異性とどう接していいかわからなくなった。本心はもっと仲良くなりたい反面、こっちを異性として見ている人がほとんどだろうし、付き合うとかよくわからないし、距離の詰め方を誤ればたちまち周りの好奇の目にさらされる。そんな葛藤を抱えてどんどん異性と話せなくなっていくなか、よく私に話しかけてくれる男子がいた。
明るくて、気遣いもできて、でもちょっとぐいぐいくるところもある、いわゆるモテ男だ。
モテ男が無口な女子にちょっかいをかけている。ウワサにならないわけがない。自分がウワサの中心になるのは気に食わなかったけれど、彼と話しているのは楽しかったし、いい意味であまり女子扱いをされなかったから、恋愛感情抜きで仲良くしたいと思ってくれているのだと思っていた。
でも、現実はなかなか理想どおりにはいかないものだ。
あるときから、彼に2人で映画館に行こうと誘われるようになった。私も映画は好きだし嬉しかったけれど、2人というのがひっかかる。これはもしかして、恋愛につなげようとしているのではないか。今のぬるい仲の良さを壊したくなくて、私は何度もグループで行こうと提案した。でもやはり、彼は2人にこだわった。そのうち周りがおもしろがって、この問答さえいちゃついているとはやされるようになった。
こうなるともうパニック。彼はまわりのはやしたてる声にむしろのっかるようにして余計誘ってくるようになったし、それを見る周りはニヤニヤを隠すことなく向けてくる。どうしよう。こんな注目のされ方はいやだ。どうしよう、どうしよう。
「あなたと2人でなんか、行きたくないから!」
気がつくと、言ってしまっていた。
一瞬時間が止まって、周りの音も消えた。
あの時の傷ついた顔を、今でも夢に見る。本当は嬉しかったのに
言い回しも考えないまま、理由も添えないまま、とがった言葉だけを放ってしまった。はっとして彼を見ると、今まで見たこともない、傷ついた顔をしていた。
大事にしたい、ずっと仲良しでいたいと思っていた人を傷つけてしまった。その事実と、状況を知らずにまだ茶化してくる視線に耐えきれなくなって、その場を去ってしまった。
今になって思えば、せめてそこで「ごめん、冗談だよ」と付け加えれば後々笑い話になったかもしれないのだ。けれどその時は、追撃はおろか、逃げることだけで精一杯だった。次の日から、彼は誘ってくることも、話しかけてくることもなくなった。
あの時の傷ついた顔を、今でも夢に見る。こんなに思い出してしまうのは、ずっとまともに謝れていないからだと思う。この一件からなんとなくお互いよそよそしくなってそのまま卒業してしまったし、別々の高校に進学してからは連絡をとるきっかけがつかめなくて言い出せず、そのうち年月が経ってますます謝りづらくなってしまった。
今ならなんて言って謝るだろう。何万回もシミュレーションした謝り文句。話すきっかけ。いろいろと考えてはみるけれど、やっぱりあの時、せめて次の日くらいにきちんと謝っておけばよかったと後悔が募る。
今ではすっかり疎遠になってしまったから、もしかしたらもう一生直接話すことはないかもしれないけれど、もし面と向かってごめんを言えるなら。
「あの時は傷つけるような言い方をして本当にごめんなさい」
きちんと、誠意が伝わるように謝ってから、ちょっとだけ言い訳をさせてもらおう。そして、本当は嬉しかったことも伝えよう。