24歳の3月、研究者志望だった私は大学院の修士課程を終え、在学中にできなかった就職活動を始めた。それも研究職ではなく他の職種狙いで。
なぜ研究者を目指し、諦めたのか?その後、結局どうなったのか?
そして「今後、なぜ働きたいのか?どう働くことに興味があるのか?」
順を追って説明していこうと思う。
精神疾患の患者を目の当たりにし、研究者を志す
私は高校時代に「脳や精神疾患の研究者を目指そう」と思い立ち、大学に行った。
興味をもった理由は、家族や親戚に精神疾患の患者が多く、自分自身も中学生の頃から通院していたためだ。
なぜ勉強も部活も精力的に取り組んでいた中学生が、家はおろか時にはベッドすら出られなくなるのか。なぜ温厚で知的で笑顔が素敵だった女性が血走った目で手や体を何時間も洗い続け、激昂して子供に物を投げつけるようになるのか。なぜ子や孫を心から愛していたおじいさんが孫の顔と声を忘れ、家族の声より幻聴を信じるようになるのか。
「人間性の源となる言動や心のありようが『脳の病気』のせいで、あそこまで変わってしまうのは一体なぜだろう?」
思春期前期から先述のような人たちを目の当たりにし、このような疑問をもつのは自然なことだったと思う。
ここに中3の三者面談で担任に言われた「あなたが好きなことや興味があることを極めていけば、誰も敵う人はいないと思う……例えば研究者になるとか」という言葉が加わった。
ここまで言われてしかも興味がある分野が既にあり、高校の文理選択の頃には研究者を目指さない理由がなかった。
研究室時代。年数を重ねても実験の下手さは改善されなかった
それから時が経ち、大学での研究室配属の際に念願の脳神経関連の研究室に配属された。
しかしそこで想定外の問題が発生する。実験の飲み込みがあまりに悪すぎたのだ。
私がいた研究室ではDNAやタンパク質、脳組織を使って実験する。どれも素手では扱えず、変質を防ぐために氷やドライアイスを使いながら、手早くかつ丁寧に実験を進めるものだ。
私はこの「手早くかつ丁寧に」が非常に苦手だった。
溶液中にあるはずのDNAやタンパク質は検出されず、画像化する脳組織はボロボロにし、大事な凍結サンプルを融解させ、おまけに学生が調製する共用試薬の濃度は誤った。似た研究の経験がある方なら、当時の私がどれほど迷惑な存在だったかよくわかるだろう。
その上、研究を進める上で必要な背景知識の取得にも、想像していたほどの興味はもてなかった。
研究をするには専門書や専門雑誌を読んで最低限必要な基礎知識を自主学習をし、論文を読んでこれまでされてきた研究を調べる必要がある。
私の場合、一般向けの脳科学の書籍や雑誌記事を読んで関連講義を受けるところまでは興味をもてた。しかし「理解できるまでじっくり調べる必要がある、専門性の高い基礎知識」や「まだ定説となっていない、正しいか否かも不明な研究結果」を根気強く調べ続けられるほど、興味が強くなければ頭も良くなかったのである。
結局大学院の修士課程まで行ったが年数を重ねても実験の下手さや興味の薄さは改善されず、博士課程への進学は諦めて就職することにした。
学費の捻出がままならず泣く泣く進学を諦める学生もいる中、なんとも情けない理由である。
社会が良くなる何かを世の中に出す仕事がしたい
研究者への道は諦め、その先の社会人デビューにも失敗し、私はいま再び就職活動中の身だ。まだ就職先も明確な「やりたい職業像」も決まっていない。
しかしながら、研究者志望の頃から今まで大事としている価値観はある。
それは「目の前の誰かに良い商品を売ったり個々の手助けをしたりするのではなく、文章を書いたり良い製品を開発・製造したりすることで、世の中を良くする何かを社会に放出したい」ということだ。
私が過去に関わっていたのは、製品開発や技術には直接結びつかない「基礎研究」と呼ばれるものだった。
基礎研究はまだわかっていないことを調べ、基本的な原理や自然現象を明らかにするためのものだ。経済活動や治療法などの創出に直接貢献はしないが、新製品や治療法の開発は基礎研究で蓄積された知を活用することではじめて成り立つ。
土台がない場所に家は立たない。基礎研究は研究者たちが世界のしくみを解明し、得られた知を論文発表によって社会に放出することで、世を良くするための礎を作っているのだ。
出版や文筆、良い製品の開発等も「社会が良くなる何かを世の中に出している」という点で似た役目を担っている。
特に興味があるのは「本や記事を書く」というところだ。小学生の頃から文章執筆は細く長く続けてきており、口頭コミュニケーションが不得手な私にとっては貴重な意思疎通の手段である。
私は1人の精神疾患の患者かつ発達障害者として、メンタル系疾患とは無関係に生きている人に知ってほしいことがある。
発達障害・精神障害についてはマスメディアでの特集や「発達障害ブーム」を通じて知名度は上がったが、まだテンプレート的な例や「著名で才能ある障害者たち」が知られているくらいで、当事者たちのリアルな現状が広く知られているわけではない。
一体当事者たちがどのようにお金を稼ぎ生活をし、恋愛や結婚をしているのか?子供はいるのか?日々生きていく中でどんな悩みを抱えていているのか?あなたの職場から退職していったうつ病の患者や発達障害者は、結局どうなっていくのか?
「うつ病って何?」のパンフレットに載っているようなわかりやすいテンプレート例でも、スポットライトを浴びる有名人でもない人々をあなたは知っているか?
本業は別にもつかもしれないが、精神・発達障害者について記す文章を何らかの方法で書き続けられればと思っている。