私はシーラカンスを飼っている。
生きた化石と呼ばれる、幻の古代魚だ。

訂正する。

私は、父ちゃんと、弟と、3人で暮らしている。
自営業で、家族みんなで働いている。でも、家事は女の仕事だ。そういう家庭で育ち、それが当然と刷り込まれ、外に出たら、それが当然ではないと知らされた。みんなの家のお父さんはお皿洗いするって本当?

亭主関白、仕事人間、それが私の父ちゃんだ。昭和の時代から全く自分を変えずに生きてきた、シーラカンスのような男である。(※飼育は難しい。)

私は今、部屋に落ちている彼のズボンを拾い、階段に落ちている彼のトレーナーを拾い、廊下に落ちている彼のパンツを拾い、ようやく洗濯機に辿り着いた。
獣道を辿っていけば、父ちゃんが何をしているか、手にとるように分かるのだ。さては…風呂に入ってるな?(※飼育中は、よく観察することが大切です。)

男性が家事を手伝う社会に完全に置いてけぼりをくらったようだ

弟は、父ちゃんのタネとは思えないほど現代っ子だ。最近ネギも切れるようになったし、お風呂掃除もできるようになった。そんなレベルだけど、父ちゃんより見込みがある。
いま、猛烈に、女の味方がほしい。

「昼飯、オムライスだけでいいよ。お前も疲れてるし簡単だろ?」
先程、父ちゃんから頂いた一言である。
「だけで」「簡単だろ?」は、返品します。

続いて、弟の発言である。
「姉ちゃん!おれ、昼飯いらない!」
弟よ、そういうことは、作る前に言うもんだ。
オムライスはもう、ケチャップを乗せれば完成だ。

仕事と家事を両立させる共働きさん、独身でも働きながら家事をこなす女性に、私は年がら年中、共感を飛ばしている。
一緒に暮らす旦那さんや、家族が、協力的な人もいるだろう。「イクメン」や「主夫」が世の中にはいる。極端に割り振らなくても、男性が家事を手伝うこと自体、珍光景ではなくなった。そんな社会に、私は完全に置いてけぼりをくらったようだ。

出て行きたくても、一家の大黒柱は我々なんだ

昭和、あるいは平成の初期に生まれていれば、この小さな鬱憤を、あらゆる女性と共有できたかもしれない。うちの男連中がさ~!から始まって、本当に男はしょうもないわね!で終わるやつ。
現在私の周りには、そういう、しょうもない男たち…シーラカンスを飼育する女性は少ない。泣くほどでも、言うほどでもない愚痴をこぼしたら、「ふ~ん。大変ね。出て行けば?」と言われるくらいだ。
自分の靴下が、タンスのどこに仕舞われているかさえ知らない家族を放って、どこへ行けと言うのだ。(※ペットの面倒は最後まで見ましょう。)

過保護は良くない。でも、問題が根深いことはご理解いただけると嬉しい。齢53になる男を、今からイクメンや主夫に育てるのは、人生を導くプロ「孔子」にも難関だ。私が孔子に教えを乞うて、悟りを開く方が早い。価値観が発展途上な弟をしょうもない男にさせないため、調教に励むのが精一杯である。
そうは言っても、力仕事は父ちゃんや弟が率先してやってくれる。重たい荷物を男が持って当たり前、という無意識が私のなかにはある。
私と家族の関係は共依存と呼ばれるものだ。依存から抜け出すのは難しいけれど、バランスをとることなら出来るかもしれない。天秤の皿に家族を乗せて、もう片っぽに自分が乗って、お互いの折り合いが付く点を探している。まだ見つからないけど。理不尽でも、男女不平等でも、愛さえ貰えるなら甘んじてここに居られるだろう。

世の中が変化するスピードに、完全に乗り遅れた私だが、同じようにシーラカンスの飼育に励む女性もいる…と思う。
私たちは、わざわざ文字に起こすほどでもない小さな仕事を山ほど抱え、大切な人の人生を守っている。

一家の大黒柱は我々だ。
(※物珍しさで古代魚を飼うことはオススメしません。)