転機は成人式だった。

幼稚園から中学校まで一緒だったA君と、再会した。書き換えられないまま使えなくなっていたメールアドレスは、その日を境に新しいものに変わった。成人式が終わってからはA君、B君、Cちゃん、わたしの男女4人で遊ぶことが多かった。

A君はマメに連絡をくれた、すでに就職していて、車もお金も持っていた。わたしのバイト終わりに迎えに来てくれたりもして、2人だけで会う回数も増えていった。

グループLINEがなかった頃。それぞれの話を聞いてわかったのは「全員が片想い」

一方で、わたしは、A君ではなくもう一人のB君が気になっていた。でもB君からわたしへ直接連絡がくることはほとんどなかった。

Cちゃんとは、とても仲がよかった。お互い学業とバイトの合間を縫って、ほとんど毎日連絡を取りあっていた。

その頃はまだガラケーで、やりとりは常に1対1だった。
Cちゃんとわたしの話を組み合わせて、空白部分を想像で埋めると、どうやら「4人全員片想い」ということに気がついた。

わたしから、B君へ
B君から、Cちゃんへ
Cちゃんはもっと別のひとへ
そして、A君からわたしへ

絡み合った糸は、最終的に4人の関係が壊れることを恐れた女子2人の配慮で強引に2組のカップルを成立させた。

期間限定彼女。
付き合いはじめて半年後に、わたしはイギリス留学が決まっていた。渡英したら1年は帰ってこない予定だった。留学は昔からの夢で、努力の末勝ち取ったものだった。

A君との期間限定の生活を楽しく過ごしながらも、わたしの頭の中は留学のことでいっぱいだった。希望も不安もひっくるめて、新しい挑戦にワクワクしていた。

「初恋の人と結ばれる確率って、ものすごく低いんだって」

でもA君は、その先のことを見ていた。

「大学卒業したら、地元で就職してね」
「俺と同じ土日休みの仕事にしてね」
「落ち着いたら結婚しようね」
「初恋の人と結ばれる確率って、ものすごく低いんだって」

わたしはそんな言葉に違和感を抱えたまま、新生活の扉を開けた。
留学中は全てが新鮮で、毎日が新しくて、慣れない生活にアタフタしながらも楽しく過ごしていた。

「初めてのプレゼン頑張ったんだよ」
「学校帰りに友だちとミュージカルを観に行ったよ」
「この間の試験、合格だったよ」
「今度、サッカーの試合を観に行くよ」
「いま頑張って論文書いてるよ」
「学期が終わったらフランス旅行に行くよ」

頑張っていることを伝えたいだけだった。わたしは「いま」の話をしたかった。でもA君からは「わたしが帰国したあと」の話ばかりだった。

いま思えばしょうがない話。でもわたしはそれが嫌で仕方なかった。気がつけば、毎日の連絡はルーティンワークになり、天気の話くらいしかできなくなった。決定的ななにかがあった訳ではない。ただ虫歯のように、確実に侵食した溝は気づいたときには取り返しがつかなくなっていた。

わたしが全部正しくて、A君が全部間違っていると本気で思っていた

「無理だ」と気づいてからは早かった。学校帰り、いつもなら図書館へ直行するところをカフェに向かった。ご褒美の日にしか食べない、贅沢なチーズケーキを注文して、短い別れのメールを打った。

「疲れました。もう連絡してこないでください」

翌朝メールを開くと「納得できないので、帰国したら連絡してください。きちんと話しましょう」と返信が来ていた。

帰国して1週間が過ぎて、自宅の駐車場まで来てくれたA君にわたしはなにも言わなかった。そんなわたしを見て、A君は一言「じゃあね」と言って帰っていった。

わたしは最後まで、謝罪をしなかった。当時はわたしが全部正しくて、A君が全部間違っていると本気で思っていた。「若かった」と言う言葉では片付けられないくらい傷つけたと理解したのは、それから何年も経ってからだった。

あの日から今日まで、彼からの連絡はない。
あの日から今日まで、わたしは彼が好きだったキャラクターを見るたびに心の中で謝っている。