私には、5つ下の妹がいる。
そう、私が5歳の年に生まれてきた妹。

溺愛しているからこそ、私は謝りたい

周りの友達が「お兄さん」「お姉さん」になってかわいい赤ちゃんをみると「欲しい」と思って、母に「お姉さんになりたい」と話したことは一生忘れないでしょう。

話してからすこし経ったときに気づいたら、祖母と母と私と歩いていて、赤ちゃんができたことを知る。
少しずつ母のお腹が大きくなっていく姿をみて、なんとなく、「女の子」だったらいいのになと思っていた。

私の思い通りで、生まれてきた赤ちゃんは女の子。
まだ名前も決まっていない赤ちゃんに、勝手に名前をつけて呼んでいた。
それを見ていた父が、その名前を一部使った名前を命名。
20年以上経っても勝手につけた名前を私は呼んでいる。
「お姉さんになりたい」という願望がすぐに叶ったからか、生まれたばかりの妹に嫉妬することはなかった。

ここまで書くと、「謝りたいこと」ではなく「溺愛していること」ではと思うことでしょう。
でも、溺愛しているからこそ、私は謝りたい。

「いい加減にしろ」と手をだしてしまった

年を重ねることに、私と妹は似ていなくて妹のほうがかわいいことに気付いた。
今でもかわいいし、似ていないことは認めるが、同級生とかに「似てないよね」と聞こえる声で言われたときはきつかった。

そこからだ、妹に対する心のどこかで思っていた「羨ましい」という気持ち。
かわいさ以外にも、要領の良さや物言いがはっきりしているから、私の我慢が増えた。

ある年、妹の反抗期がひどく、家庭内環境が悪くなりはじめた。
何も悪いことをしていないのに、妹の機嫌の良し悪しで自分の家なのに自由にゆっくりできない。
そんな生活にイライラしていた。

妹の言動に、とうとう怒りのピークを越えた時に妹の携帯(当時ガラケー)を壊したのだ。
そして、「いい加減にしろ」と手をだしてしまった。

私の心にたまっていた、妹への嫉妬などがたまりにたまったあのころ。
かわいくて仕方がないのに、身体にも傷つけて物も壊して……。
なんてことをしてしまったんだろうと、今でも思い出しては後悔している。

「なんだかんだで頼りになります」と手紙に書いてくれた

他にも妹に対してひどいことしてきた。
反抗期を終えた頃には、家庭内環境は落ち着いてきた。
妹と母が毎日のように色々と話している姿をみて「私となんか話したくないだろうし、いい姉なんて思われていないだろうな」と思っていた。

だけど、妹が受験などうまくいかなかったときに帰ってきた私に抱き着いたり、大学受かったときにすぐに連絡したりなど、私に頼ってくる妹がうれしくて仕方がなかった。
少しでも「姉」を求めているのかな?と半信半疑だった。

確信に変わったのは、妹が短期留学に行くことが決まった時。飛び立った当日に、家族に手紙を書いていた。
私宛の文は母や父よりも長く、「なんだかんだで頼りになります」と書いていることに涙がでた。実は留学前に久しぶりに大喧嘩をしてしまい、反抗期のあの頃のように口をきいてくれなかった。
100%私がいけないことをしてしまったから、妹の気持ちが整理つくまで黙っていようと決めていた時だった。

たくさん傷をつけてしまったのに、姉らしいことなんて何一つしていないのに、どうしようもない姉だと思われて仕方がないのに、妹からの言葉で字で書いてくれたことにうれしくてたまらなかった。

いつか言葉にして直接謝りたい

妹との姉妹関係は、良くもなく悪くもなく、普通。
たまたま、二人揃って好きなアイドルがいたので、よくライブに行くぐらいで、同じアイドルが好きではなかったら、出かけることもライブも行くこともないだろうと思っていた。
今は、私が家から離れて生活をしているため、毎日顔を合わせることはなくなったが、関係は良好だ。

でも、あのことを思い出すと、ちゃんと謝りたいなと心が痛む。
いつかは、どこかで伝える時が来たときは、言葉にして直接謝りたい。

大切な大好きな妹へ、こんな姉だけどこれからも仲良くしてね