人々が安心して暮らしていける世の中にしたい。その思いから国家公務員の道を選んだ
大学生だった私は、新卒で国家公務員として働く道を選んだ。
就職先を決めるにあたって、何のために・誰のために働きたいのか、自分に問いかけた。
私の胸にあったのは、「人々が、自分の意思によらない困難にかかわらず、安心・充実して暮らせる社会を創りたい」という強い思い。
自分の家族が突然病気になったり、報道などで子どもの貧困などの問題に触れたりする中で、自分の意思とは無関係に困難に直面することが世の中にはあることを実感していた。そんな困難に直面した時でも、人々が安心して暮らしていけるような世の中にしたいという思いが、自分にとっての就職活動の軸になっていた。
そして、この思いを実現できそうな就職先として国家公務員を選んだ。
働き始めて分かった。「世の中全体」より、もっと目の前の人を大事にできる仕事がしたい
私は晴れて第一希望の就職先に内定し、新社会人として働き始めた。
強い思いを胸に働きはじめた職場では、沢山の尊敬する上司・同僚に出会った。大好きな同期たちとは、夜通し語り明かすことも度々あった。
仕事のスケールは大きく、自分が担当していた制度が新聞に載ることもあった。
でも、ふとした時に、自分の中での違和感に気づいた。
「あれ、私、何のために働いているんだっけ?」
何のきっかけで違和感を感じたのかは、今となっては思い出せない。
しかし、自分の中での違和感は次第に大きくなり、自分が働く理由がどんどん分からなくなっていった。
違和感を言葉にするために、どんな時に自分が仕事でやりがいを感じたか書き出してみた。
出てきたのは「施策を広く伝えていくためのセミナーを開催して、受講者の方から『役立った』とコメントをもらった時」「後輩向けに作った仕事のノウハウ集を渡した時に、『ありがとう』と後輩から言ってもらえた時」という言葉。
違和感を言葉にしたことで、私は「大学生の私が考えていた、働く理由」と「働き始めて分かった、私が働く理由」のずれに気づいた。大学生の私は、「世の中全体」のために貢献することが自分にとってのやりがいだと思っていた。
けれど、働き始めて、自分にとっては、世の中全体に良い影響を与えることよりも、目の前の人の良い変化や笑顔に気づけることが大事なのだと思った。もっと目の前の人を大事にできる仕事をしたいのだと気づいた。
このずれに気づいたことが決心に繋がり、私は転職することを決めた。
そして、より目の前の人の暮らしを豊かにするべく、国家公務員からIT企業の営業へと転職した。
「誰かの幸せのために、笑顔のために働きたい」その思いは転職してもずっと変わらない
大学生の時と今とでは、働く理由も変わった。転職も経験した。
それでも、大学生の時からずっと変わらない思いは、「誰かの幸せのために、誰かの笑顔のために、私は働きたい」ということ。
自分の仕事で、誰かの生活がより良くなったり、誰かが笑顔になった時、私は幸せを感じる。今の仕事でいえば、自分の提案によってお客様が業務を改善し、より効率的に仕事をできるようになった時、そしてそのことで感謝の言葉をもらう時、「働いていてよかった」と心から思う。
そして、この喜びを私はもっと味わいたい。
私は、自分が一人でも多くの人を幸せにしたい、笑顔にしたいという思いをもって、今日も仕事に向き合う。