私は専門学校を卒業後、音楽活動と両立させながらアルバイトをしていました。バンドの活動休止に伴い、アルバイトという枠を超えて社員として仕事をしたいと思うようになり、転職を決意しました。
派遣会社から、札幌にある保険会社の、問い合わせ窓口の電話仕事を紹介され、契約社員として働いています。
周りの機嫌に逐一反応せずに済む在宅は、集中しやすいと気づきました
入社して一番驚いたのは、先輩方のスキルアップの速さでした。
住所や名義の変更、給付金請求など、さまざまな問い合わせができるようになるためたくさんの研修が用意されていました。
次々に研修を受けるため、インプットし続けられる余裕と、その研修内容をすぐに対応の中で活かせる力が必要でした。
入社してすぐ、コロナ禍の影響で在宅勤務が開始されました。
最初は初めてのことに戸惑いましたが、周りの人の機嫌に逐一反応しなくて済む働き方は、私にとって仕事に集中しやすい働き方だと気づきました。
それと同時に、私はHSPという、人よりも感受性が強く敏感な気質があるのではないかと考えるようになりました。もともと私には、観察されていると実力を発揮できないところがあり、それはまさにHSPの性質でした。
薄々気づいてはいたのですが、自覚してしまうと生きていくのが難しくなりそうで、認めたくありませんでした。
会社とは違うネットワークの中で、「自分」を出して仕事をしてみたい
忙しい電話対応の合間、忘れっぽい自分のためにオリジナルのマニュアルを作り、猛スピードでスキルを身につけることに必死な毎日。
私は、体調不良でたびたび欠勤するようになりました。
仕事や会社に対して愚痴はありません。「私の努力や頑張りが足りないだけ」と思うことにして、自分はまだまだ頑張れることを信じていました。
ある時ふと、仕事について立ち止まって考えてみました。
きっとこの仕事は何年も続けられない。在宅勤務というやり方を見つけたように、自分が心の底からやりたいと思えることを見つけられるかもしれないと。
そんな時、ライティングの勉強ができる、あるキャリアスクールの広告を見かけました。 まずは副業でいいから、会社とは違うネットワークの中で「自分」を出して仕事をしてみたい。私は、もともと気になっていたライティングの勉強を始めることにしました。
夢は大きく美容ライター!
日本化粧品検定2級に合格できるぐらい、美容に関することが大好きな私。
いろいろな情報メディアで美容についての記事を読んでいて、私もライターとして美容について発信できるようになりたいと思っていました。
そんな矢先、私はいよいよ体調を崩し、「抑うつ状態」と診断され休職することになりました。
伝えたいことを伝える手段として私は「ライターになること」を選んだ
私は、自分の得意なことや好きなことを改めて探すため、毎日のように外出しました。
富良野を思わせる「ラベンダー」は、アロマテラピーの発端の花ともいわれていることや、北海道発のコスメブランドがいくつもあることなど、大好きな北海道のさらなる魅力を再確認しました。
そして、札幌には美容ライターがあまりいらっしゃらないことも知りました。
また、コロナ禍の影響でお世話になった札幌のライブハウスが閉店するというニュースを受け、音楽活動中に奮闘していた日々を思い返しました。
音楽活動の忙しさを受け入れてもらえず、アルバイトを転々としてきたこと。
結成から約10年間、2人のバンドメンバーと札幌の街を毎日駆け巡ったこと。
ステージでどうしたら目立てるか、華があるメイクを研究したこと。
私にいろいろな思い出を作らせてくれたのは、札幌の街でした。
感謝の気持ちが出てきた途端、漠然としていた夢が具体的に変化していきました。
道内外問わず、北国ならではの美容情報を発信したい!
札幌のライブハウスが減ってしまった代わりに、札幌の音楽をオンライン上で全国に発信したい!
HSPでも抑うつを経験してでも自分は仕事ができるんだと、自分に自信を持ちたい!
ライターになること自体が目的なのではなく、伝えたいことを伝える手段として私は「ライターになること」を選んだのだと、今ならはっきり伝えられます。
私をつくってくれた街に恩返しをするため、私は札幌でライターになろうと思っています。