気がつけばアラサー。29年間、年齢イコール彼氏なし、を貫いている。

原因はいくらでも思い当たる。引きこもりであった、コミュ障である、男性慣れしていない、自信がない、友達や家族の方が大事。などなど。

恋人がいることにメリットを感じられなかった

20代の9年間まったく行動しなかったわけではない。知り合いの紹介や街コン、マッチングアプリへの登録。しかし積極的かと言われればそんなことはなく、終始受け身な上に自分磨きなども特にしてこなかった。それ故の結果であろう。

いつも恋活をはじめると自分自身の中に迷いが生じる。無理をしてまで本当に彼氏がほしいのだろうか? そもそも恋をしたり、恋人がいることにメリットを感じられなかった。同じように感じる方は多いのではなかろうか。

そんな恋愛不適合者に雷が落ちたのは、昨年の出来事である。
コロナ禍の自粛生活に、アラサーである私は焦りを感じていた。実家でぬくぬくと日々を過ごすのはたやすい。しかし本当にこのままでいいのか?
彼氏じゃなくてもいい、最悪外との繋がりができれば、と安易な気持ちで再度マッチングアプリを始めてみた。始めたとたんに、例の「本当に無理をしてまで彼氏が欲しいのか?」の疑問に苛まれる。

眠っていた恋愛筋肉をフル活動させるかのように

そんな中、猛アプローチをしてくる一人の男性が現れた。3歳年下、フリーター、喫煙者。かつての私だったら繋がろうともしないスペックだ。しかし当時、私を気に入ってくれて会話をしてくれるならばもはや誰でもよかった。これがコロナの力。

会話は盛り上がった。電話もした。数日経ってから会おう、と誘われ、場所はなぜか彼のアパート。その時点でおかしなことに気づけばよかったのだが、恋愛経験ゼロの私は警戒心もまたゼロに等しかった。

この後の展開はご想像にお任せしよう。
さて、彼の部屋で二度、三度と会ううちに私は完全に虜になってしまった。まるでホストだとか、アニメのキャラやアイドルにハマるがごとく、完全に私はその男に“沼って”しまったのだ。

恋愛ソングやコラムを見聞きするたびに感情移入し、恋占いを貪り読み相性をチェックしたり、気の置けない友達に彼についての様々を逐一報告したりした(大迷惑だったことだろう)。
まるで20年ほど眠っていた恋愛筋肉をフル活動させるかの如くの行為だった。
毎日彼の人を想い、焦がれ、辛かった。

恋というものの甘やかな心地良さを知ることができた

みなさんお察しのとおり、クズ男だった彼のことをやっと忘れられるようになった今、しかし恨みよりも多くの感謝の念を抱いている。

正直者の彼からは外見について散々ダメ出しされた。メイクがダメ、服が似合わない、ブラのサイズが合っていない。これらは指摘されるまで本当に気づかなかったのだ。
今では流行りのメイクやファッションについて研究するようになった。生まれて初めて下着屋さんできちんと測ってもらいブラジャーを買った。思っていたより2カップも上だった。

さらに、彼を忘れるためにマッチングアプリで何人もの男性と会いまくった。今までは、少しでも気にかかる点を見つけては、自分の中で「ナシ」と決めつけていた人にもとりあえず会ってみた。いい人はたくさんいた。残念ながらご縁のある人とは巡り会えなかったが、対男性へのコミュニケーション能力が鍛えられたように感じる。

ちょっぴり自己肯定力が上がり、以前よりポジティブに、行動的になれた。どんな形でも誰かに求めてもらえるということで、自信がついたのかもしれない。

そして何より、恋というものの甘やかな心地良さを知ることができた。メリットがどうとか損得の問題ではなく、同じ空間同じ時間を過ごし、喜びを分かち合える、唯一無二の存在。それこそが恋人というものの素晴らしさなのだろう。
あれが恋だったのだとするならば。

29歳、年齢イコール彼氏なし。まだまだ恋愛初心者である。