口べたで、友達のいない子どもだった。唯一仲の良かった幼なじみがいたけれど、小学二年生の頃クラスが離れてしまった。彼女は私とも仲良くしてくれるような友好的な子だったから、あっという間に新しい友達が出来てしまった。しまった、というのは意地悪な言い方かもしれない。でも本心だった。

休み時間一人でいるのが居心地悪く、居場所を求めた私が行き着いたのは図書館だった。皆ひとりで静かに本を読んでいて、誰も私を気にかけないその空間が心地よかった。
手当り次第読んでいるうち、お気に入りの作家も見つかった。そこからは「行く場所がないから」ではなく、「そこが居場所だから」図書館に行った。

私の居場所になった図書室には優しそうな司書の女性がいて

ある日、シリーズ作品の二巻を探しに来たが、その本はかなり前から誰かに借りられたままのようだった。返しに行くのを忘れている典型的なパターンだろう。持ち主に問い合わせてもらうために、初めてその図書館の司書の女性に話しかけた。

「あの。この本、借りたいんです」
「はい、こんにちは。あら、だいぶ前から貸出中なのね。二週間で返してくれなくちゃいけないのに、夢中になっているのかしら。ごめんなさいね」

司書の女性はちっとも困っていなさそうだったが、この子に返すよう伝えるわね、と言ってくれたので安心した。

しばらくして、授業と授業の合間に、突然司書の女性が私の教室まで来た。私を見つけるとぱっと笑顔になり、こっちこっちと手をこまねいた。皆がびっくりして私を見る。自分の耳が赤くなるのが分かって、足早に教室を出た。

彼女がわざわざ教室まで持ってきてくれたのは、あの一冊の本

「どうしたんですか」
「ほら、この本!あなた待っていたでしょう?今朝返却されたから、持ってきたの」

彼女は私が問い合わせてもらっていた例の本を手渡しながら、そう言った。

「……わざわざすみません。ありがとうございます」
「いいのよ。いつも図書館に来てくれてありがとう。沢山本を読んでね」

嵐のような人だった。小柄で、可愛らしいエプロンをしていたが、見た目とは対照的に明るい人だと思った。その日から、図書館で顔を合わせると少しずつ会話をするようになった。

心配だった。だけど、一歩踏み込むのが、嫌われるのが怖かった

――この本が面白くて。
――私も読んだわ。その作家ならこれもおすすめよ。
――ここの部分が分からなくて。
――ああ、そこはね……。

そんなたわいも無い会話が、日々の楽しみだった。友達は相変わらず出来なかったが、学校へ行くことは次第に苦ではなくなっていた。

季節が冬に近づくにつれ、彼女を見かける頻度が少なくなっていった。代わりの先生が図書館の番をしているのを何度も見た。
一体、どうしたんだろう。気にはなったけれど、顔を合わせるとどうしても聞けなかった。踏み込んだことを聞いて、嫌われてしまうのが怖かった。そんな人じゃないと分かっていたはずなのに。

手紙を読んで押し寄せた後悔。でも、それより伝えたいのは「ありがとう」

ある日、登校すると机の中に茶色の包みが置いてあった。“他の子には内緒ね”と書いてある。すぐに彼女の字だと分かった。
包みの中には、きれいなハンカチとポストカード、それに手紙が入っていた。

――こんにちは。しばらく会えなくてごめんなさい。実はここのところ、体の調子があまり良くなくて、お家でゆっくり休ませてもらうことになりました。本当は直接会いたかったのだけれど、事情があって、他の先生にこれを頼むことになってしまいました。ごめんね。
本を愛せるあなたは、きっと美しく成長するわ。体に気をつけて、いつまでも元気でいてね。

美しい達筆で、縦書きの手紙にそう書いてあった。包みを置いてくれた担任の先生に聞いても、あまり詳しくは教えてくれなかったが、もう会えないということは分かった。
あの時もっと、彼女を気に掛けていれば。自分から話し掛けていれば。最後にもっと話せたかもしれないのに。私こそ、最後まで引っ込み思案なままでごめんなさい。本当はもっと話したかった。でも、もしまた会えることがあるなら、「ごめんなさい」より「ありがとう」を伝えたい。

社会に出て働くようになった今も、彼女から貰ったものは大切に保管している。