私の元恋人は、舞台に立つ人間だ。
ネットで名前を検索すれば、インタビュー記事と満面の笑みを浮かべる彼が出てくるし、聞き覚えのある懐かしい声がテレビから聞こえることもある。
彼の活躍を目にすると、「ああ、頑張ってやってるんだな」と嬉しくなる反面、胸がギュッと締め付けられる思いにもなる。

「私だけはずっと味方だよ」そう言っていたのに私は逃げた

華やかな舞台に立つ彼を取り巻く環境は、壮絶なものだった。代々続く名門の家で起きる親族間の争い。同業者たちの不倫話。まるで週刊誌を読んでいるような、そんな世界だった。

幼少の頃からずっと特殊な環境に置かれていた彼の心はとても冷たくて、憎しみや悲しみでいっぱいで、誰のことも信じてないような印象だった。だから、私は言い続けた。
「私だけはずっと味方だよ」「誰に何を言われようがずっと応援してるよ」

そう言って彼を励まし続けて4年。
学生から社会人になった私は、彼の元から何も言わず逃げ出した。

「きっと最後には私を選んでもらえない」それが怖くて悲しかった

社会人になった私には色んなことが見えてきたからだ。彼の心の中にある憎みの深さ。彼との家柄の格差。狭い業界での確執。

平凡な私に支えていくことが出来るのか、この狭い業界で、育った環境の違う人たちと上手くやっていくことは出来るのか、色んなことが怖くなってしまった。
「きっと最後はこんな私を選んでくれない」そう思った途端、悲しくなって逃げ出した。

彼はまた、大切な人に裏切られたと絶望しただろうか。

それから三年が経った。
彼によく連れていってもらったレストランにも自分のお金で行けるようになった。
当時の顔馴染みの客から、彼に彼女が出来て、結婚も視野に入れていることを聞いた。

彼が選んだ人はどんな人だろうか。
後ろ盾となって、彼を守ってくれるような家庭の子だろうか。
それとも私と同じ平凡な家庭の子なのだろうか。だけど、そんなことはどうでもいい。
どんなことがあっても、彼の一番のファンでいて彼を支えてくれるような子だろうか。

今でもまだ、あなたの1番のファンでいたいと思ってごめんね

勝手に逃げ出してごめんね。
しっかり向き合わなくてごめんね。
今でも思い出してごめんね。
幸せな報告を聞いて、喜べなくてごめんね。
いろんなものをくれたのに、何も返せなくてごめんね。
今でもまだ、あなたの1番のファンでいたいと思ってごめんね。

彼に謝りたいことがたくさんある。
だけど、それを伝えたところで、前に進みはじめた彼には迷惑な話だろう。

今日も彼の活躍が書かれた記事が目に入る。
彼が普通の人だったら、きっともう姿を見ることもなく、どんな生活をして、どんな仕事をしているのか、考え方も、何もかも知ることなんてないのに。
だけど、彼には私のことは一生伝わらない。
なんだか、不公平だなと思うけれど、そんなものなんだろうか。

出会った日のことを思い出す。
大学生の私は、ぼんやりとレストランでバイトをしていた。そこに、姿勢の良いとても綺麗な顔をした男性が来店した。
席についた瞬間から、目が釘付けになり、彼から声をかけられたときは、嬉しくて嬉しくて死んでしまいそうだった。

普通の大学生だった私を煌びやかな世界に連れて行ってくれた彼は王子様のようで、私はシンデレラになった気分だった。

置かれた境遇を嘆くことなく、真摯に生きている彼を尊敬し、心から愛していたはずなのに。
どうしてこうなったのだろうか。
大好きな気持ちだけで隣にいることは、果たして本当にいけないことだったのだろうか。
シンデレラのように、王子様の隣でずっと笑って生きていくことは出来なかったのだろうか。

シンデレラにはなれなかったけれど、せめて1番のファンでいさせて欲しいと思う傲慢な私を許して欲しい。