「じゃあこれが会うのは最後だね。」
公園のベンチに隣り合わせで座り、お互い前を向いていた。
涙を流していたわたし。見なくても彼の表情が想像できる。悲しそうな困った表情。
きっと私が泣くのなんて分かっていて、別れるという直接的な言葉を使わなかったのだろう。最後まで困らせちゃってごめんね。
さよならを選んだのは私で、決めさせたのは彼だった。
青春真っ只中の高校生カップルで、毎日が本当に楽しかった
高校2年の夏休みが明けた頃、クラスメイトの彼がくだらない冗談を言ってくるようになった。授業中、彼をみると、変な顔をして笑わそうとしてくる。
思春期特有の何かと葛藤中だった私は、いつの間にか日々の中に楽しみを見つけていた。それが彼との時間だった。
彼は私が好きだと言った。私も彼が好きだと言った。
その時の私たちは、誰が見ても青春真っ只中の高校生カップルだった。
相変わらず、授業中に彼と秘密の変顔のやりとりをした。
昼休みは、誰も来ない外階段に座って二人でお弁当を食べた。
雨の日は、私の傘は閉じて、彼の傘の中にふたりひっついて歩いた。
バイバイするときは、駅や校舎の片隅でひっそりとキスをした。
毎日が本当に楽しかった。本当に幸せだった。
けれど、楽しかった時期はあっという間に終わってしまった。3年の夏休み、受験を意識し、将来を真剣に考え始めた。彼は家業を継ぐため、専門の学科がある県外の大学に行く、自由にやれるのは高校生までだと言った。私は当時の夢を話した。
その頃から、私たちはずっと一緒には居られないとお互いに感じ始めた。
一緒の県に進学するか、地元に残るかの選択肢は二人の今後を左右する
彼がお父さんの跡を継いだら、彼のお母さんのように家庭に入って家業を手伝うお嫁さんが必要になる。私の夢はお嫁さんじゃなかった。私の夢を叶えるためには、彼のそばにいるということが不可能だった。いずれ二人が離れることは予測できる。
お互いに応援していた。お互いがお互いの幸せを願っていた。大好きだから。
だけど一緒にいたら幸せにできない。彼もきっとそう思っていただろう。
そして、受験が終わった。彼に進学先を相談すると、自分で決めろと言われた。
一緒の県に進学するか、地元に残るか。
その選択肢は、私たちにとっては、付き合い続けるか別れるかだった。
私が選んだのは地元に残るだった。彼にそれを告げた時、私たちの何かが終わった。
卒業式からしばらくして、彼と公園で待ち合わせをした。
「じゃあこれが会うのは最後だね。」
もう少し大人になって出会っていたら何かが変わっていただろうか。
彼女ではなくて、仲のいい友人として過ごしていたら、これからも一緒に過ごすことができただろうか。私はあの時の彼の言葉を忘れないだろう。
いいなと思う人が現れると、決まって彼が夢に出て、その度に泣いた
それから数年は恋愛を避けていた。それなりに出会いも欲もあったが、
恋人はできなかった。彼との思い出が消えてしまうのが嫌だった。
恋愛の音楽を聞けば胸が苦しくなったし、ずっと苦しいままでいいと思った。
別れてから、自分の幸せも、彼の幸せも願えなかった。
そんな中、いいなと思う人が現れると、決まって彼が夢に出てきた。その度にわたしは泣いた。悲しい気持ちになったり、嬉しい気持ちになったりした。夢の中での彼は、優しく切ない笑顔を見せた。だけと夢の彼はいつまでも高校生だった。
ふと気づく。わたしは当時の彼が大好きだ。でもそれは今の彼とは違う。あくまでも高校生の彼。今の彼を私は知らない。彼が好きだったのも当時の私。私たちがまた一緒になることはもうないんだなあ。
そう考えるようになったからか、気づけば、彼といた楽しい時期も、彼との関係を悩んだ時期もいい思い出になっていた。別れた後の苦しい時期はあまり覚えていない。時間が解決してくれるってこういうこと?ずいぶんかかったなあ。ちょっと笑える。
私は結婚した。彼の次にやっとできた恋人と一緒になった。
彼はまだ独身だそうだ。人づてに恋愛で苦い経験をしたと友人から聞いた。心が痛んだ。
いつの間にか、また彼の幸せを願うことができるようになっていた。
別れて10年が経っていた。
ふった理由、ふられた理由。
あの時、確かにわたしは彼の幸せを願っていた。
彼もそうだったらとっても嬉しい。