「あの人のどこが好きだったの?」と聞かれたとき、「やめろ、わっかんね~!!」とその場を逃げ出したくなる気持ちは、何人が共感してくれるだろう。だけど、私は一つだけ彼に感謝をしなければいけない。それは、彼のおかげで自己肯定感があがったから、いや、爆上がりしたからだ。
まだ純粋だった新卒時代の冬、会社の先輩と付き合った。
彼はとても優しかった。そして自己愛がとても強かった。だからか、プライドが高く、仕事でも「わからない」が素直に言えない人だった。デートで私の実家の車に盛大に傷をつけたときも、「ごめんなさい」が出てこなかった(その車は3年たった今も使っている)。趣味もギャンブルで、デートがパチンコの時もあった。そして「甘える可愛い私」が大好きで「ハッキリ意見をいう冷静な私」が大嫌いだった。そう、彼はきっと「クズ男」だった。
今なら思う「どの面さげて言ってんだ?」
そんな彼のどこに惹かれたのか、というと「彼の自信満々な態度」ではないかと、今になると思う。
私は当時、自己肯定感が低かった。特に容姿に自信が持てず、後ろ向きな発言も多かった。そんな私に対して、彼はこういったのだ。
「俺の彼女なんだから自分を卑下しないで」と。
今になれば「どの面下げて言ってんだ?」と思う。しかし、当時の私にはそれがすごく嬉しかった。と、同時に自己否定することで大切な人が悲しむことを知った。彼の言葉は、コーヒーにミルクをいれるように、少しずつ、深く、深く心に広がっていった。それは自己否定をする私の特効薬になった。
それからの私は、何かが変わった。なんとなく、新しい系統の服を着てみた。なんとなく、普段選ばない色を選んでみた。なんとなく、髪の毛をバッサリ切ってみた。今までなら「どうせ私が…」と言い訳をしていた部類に、気づいたら容易く挑戦していた。
そして小さな行動は思考にも影響を与え、少しずつ、自分が好きになった。気にしていた容姿は対して変化はないのに、鏡に映る私は、内側から何かが違う気がした。
彼のたった一言がきっかけで、私は自分のことが好きになり、自己肯定感は上がった。そんな私の変化に驚いたのは、彼よりも私自身だった。
「彼ウケ」ではなく「自分ウケ」が気持ちいいと感じた時
もちろん、「彼の好みに合わせる」という典型的な行動力があったのも否めない。しかしその行動の先に得たものは「自分自身を大切にし、可愛がる幸せ」だった。初めて感じる部類の幸せは彼に愛される以上に嬉しく、くすぐったかった。その証拠に、モノの判断基準が彼基準から自分基準に変わった。
その気持ちに拍車をかけるように、気がつけば毎日、自分は最高!の理由を作っていた。今日も髪がきれい、自分最高!今日は新しいリップだ、自分最高!今日は肌荒れしたし、寝不足でコンディション悪い、でも仕事に行って笑顔で挨拶できた、自分最高!!
彼のたった一言で、私の自己肯定感は上がったどころではなく、爆上がりしていた。
今になると「あの時に付き合えてよかった」とも思えてしまう
前述した通り、彼とは1年未満で別れた。離れてよかったと心から思う。と、同時に今になると「あの時に付き合えてよかった」とも思えてしまう。
23歳、新卒、とても純粋だった。そして今より未熟者だった。だからこそ、彼の一言であそこまで変化できた。そして27歳の今でも、自己肯定感が爆上がりしている。おそらく永久不滅だろう。
彼との恋愛は、この先の女子会でも、笑い話になるだろう。だけど、たった一言で私の自己肯定感が爆上がりするきっかけをくれた。そこだけは感謝している。そう、彼のあの自己愛の強さは、立派な長所だった。そしてあの時に付き合えたからこそ、いい影響を受けることができたのだ。「恋愛はタイミング」も強ち間違ってはいないのかもしれない。
ちなみに彼は別れた後、仕事を辞めた。今何をしているかは、風のうわさでしかわからない。もしどこかで会えたら、私は何を言うだろう。「あの時はありがとう」か、それとも「ごめんね」なのか…。
いや、きっとこう言うだろう。「傷だらけの車、ガンガン走らせて楽しんでるよ、私って最高!!」とね。