9歳になって知った友人の好きな子情報は殆どトップシークレットだった。
私にはできたことのない「好きな人」を秘密の花園から持ち出してそっと教えてくれた彼女に対して、小学生なりに「絶対内緒にしよう」という使命感や正義感があったのだろう。
だからこそ、他の女友達と彼女の「好きな人」が被っていると知った時、二重スパイの苦しさを味わった気分だった。
私はどちらにも中立を貫き、今後恋愛相談をされるたびに思ってもいない励ましを口にする優しいウソに塗れた人間にならなくてはいけないのだろうか。いや嘘つきは元々だ、ポーカーフェイスなら得意じゃないか……
こんな想像は杞憂に終わった。

ひと目見だだけの彼の引力に飲み込まれてしまった

ある日彼女が「彼」を見て文字通り黄色い声で騒ぐのを眺めていたとき、ふと視線を彼にずらしてみた。恋はするものじゃなくて落ちるものだ、というのはこのことだと思った。ひと目見ただけの彼の引力に飲み込まれた私はこの日から想像より長い片思いを続けることになる。

小学生の恋愛は幼稚で、それでいて純情だ。私もアタック粉洗剤を浴びたほどの純粋さで彼を一途に愛していた。この一学年120人程度の学校では好きな人情報の漏洩は即ち死を意味するわけで、育ちすぎた気持ちは誰にも告げず、廊下で彼を見かけるたびに「気付いて」の光線を熱く送る小学生の私はいじらしくて不器用だった。今の私ならどれだけスマートにアピールできるだろうか。

中学になって化粧も覚えた私は男の子の扱いに少し慣れていた。繊細でプライドが高く虚栄心と下ネタに塗れた中学生男子が大嫌いだった私は、彼への思いをひたすらつのらせることになった。もう友人2人も彼のことなんかきっと忘れているのに、私だけが9歳に取り残されたように一途に思い続けていた。いつまで経っても心のレピピアルマリオが脱げない。
片思いの気持ちが一定ゾーンまでつのったら、両思いになるシステムないのかしらとその頃は毎日考えていた。実装されたらきっとストーカーの天下だろう。

5時間以上悩んで返信する羽目になるラインのラリーがはじまった

その頃、15になって尾崎豊をBGMに生きていた私にも高校受験が迫ろうとしていた。彼とは運良く中学まで同じだったのに高校はどうやら別れてしまうらしい。
確証もないまま、高校が離れるイコールさよならという少女漫画セオリーを当て嵌めては焦りを感じていた。彼とは一度しか同じクラスになったことがなく、今の私ならまずライン交換から始めるだろうに、それすらしていなかったせいで余裕は日に日に無くなっていった。
保健室で十分な睡眠を取ったのち、彼のクラスに出向いた。教室に入り込んでロッカーの前の彼に話しかける。驚いた顔をしていたけどなんとか交換にこぎつけた。なんの勝負かは分からないけれど、私の勝ちだ。その日から、5時間以上悩んで返信する羽目になるラインのラリーがはじまった。

女友達とは全く違う、2行から3行ほどのやや長文のふきだしに感動しながら、ゆっくりと返信を考えた。脈ありなんじゃないかって思いながら。ラインを交換してから、彼とはクラスも違うのに毎日化粧をするようになったし体重も減らした。スカートは短く折って髪は長く伸ばした。これでもかと視線を送るクセは変わらない。私の気持ちに気づいて欲しかった。可愛いって思われたかった。

どうして私じゃダメなの?の疑問符がぐるぐる渦巻いた

「その日」は意外と早くやってきた。
6年目の片思いに終止符を打とうと決めたのだ。彼の男友達は口を揃えて「あいつにはほぼ彼女みたいな子いるよ」と言う。私が知っているだけでも何人もの可愛い子に告白されては断る彼がフリーなわけはない。常に倍率は本命の高校より遥かに高かった。

ずっと前から好きでした、なんてありきたりなセリフと熟年の片思いの気持ちは釣り合うのだろうか?
彼は誠実に、そして丁重に私のことを傷つけないよう断ってくれた。
この人を好きになってよかったと思うと同時に、どうして私じゃダメなの?の疑問符がぐるぐる渦巻いて、その後のことは全く覚えていない。
確かなのは、私がフラれたのは可愛くないからだ、と先走って見た目ばかりを気にするようになってしまったことだ。
高校に入って可愛くなって、絶対次こそ彼氏を作ろうと息巻き、体重は更に減らして40キロを切っていた。
見た目で判断する人ではないと私が一番よく分かっているはずなのに。

高校の新入生名簿を見ると…

無事に迎えた卒業式の日も、まだ受験を控えていた私は泣くに泣けないままで彼との別れを現実的に受け止められず足早に学校を去った。
無事第一志望の高校の合格通知を貰ってその時初めて私は人前で号泣した。
ここで私の新生活を始められることに喜びと期待で胸を滾らせていた。

少し後になって合格者招集で高校に出向き新入生が名前順に並べられた名簿で座席を確認して目にしたのは、なんのイタズラだろうか、彼の名前だった。