私たちは、確かに愛し合っていた。いや、「いた」という過去形の表現は少し間違っているだろうか。彼の気持ちがあの時と違っていないのならば、まだ私たちは愛し合っているだろう。
彼は生徒会の副会長で、サッカー部のキャプテンだった
彼は、私と生きる場所が違った。しかし、そんな障害があるからこそ気持ちも盛り上がるというもの。彼との出会いは、高校の理科準備室だった。お互い好奇心旺盛な性格で、実験が好きだった。学年は彼の方が一つ上、私たちが出会ったのは彼が2年生になり、わたしが入学したての春だった。
彼は生徒会の副会長で、会長ではないにしろ、多くの雑務をこなしていた。しかも、サッカー部のキャプテンということもあり、多忙な人だった。彼とはじめて会った時、1人でいる方が性にあっているしなぁ、だとか、ここなら誰もいないだろうからサボる時によく使う、などと言っていたので、てっきり私は彼のことを大人しくて目立たない文化部の男だと勘違いしていた。しかし、理科準備室以外で出会う彼は、いつも他の人に囲まれており、副会長でサッカー部キャプテン。うちの高校は、成績上位者でなければ生徒会には入れない。まさに完璧、文武両道を体現した男だった。
私は弓道部と科学部を掛け持ちしていた。彼がサッカー部でしかもキャプテンだと聞いた時には心底驚いた。あれだけ理科準備室にいるのだから、科学部だと思うのが普通だろう。彼ほどの男なら、副でなく会長にだってなれただろうに。彼は目立ちたくないんだよ、ほかにやりたい人がいるならその人がしたほうがいいだろう、と言った。
彼と付き合える人はなんて幸せなんだろうと思った
人から頼まれたことは基本やる、誰にでも分け隔てなく優しくて、スポーツも運動もできて、おまけに顔も爽やかときた。当たり前に男女共に人気がある。しかし、そんな彼が理科準備室では時折気怠げな表情を見せた。まるで人と付き合うのが面倒くさい、といったような。男女ともに人気がある人なので、私のクラスにも何人か彼に告白した女子がいた。しかし、みんな断られたそうだ。今はキャプテンや生徒会の仕事が忙しいからといった理由で。彼は多忙な人だからもっともな理由だろう。
ある時、私は理科準備室で彼にこう尋ねた。
かなりモテるのに、誰とも付き合わないんですね。私のクラスのAさん、とってもかわいいのにもったいない、と。
彼はどうせ別れる時に拗れるから面倒だと言った。
どんなにかわいい子や美人な子、優しい子でも同じ理由で断る彼。確かにここまでモテるとなると、トラブルも起きやすいだろう。告白を断るのは事なかれ主義の彼らしい行動だ。振られた女の子たちを少しかわいそうに思いながら、彼と付き合える人はなんて幸せなんだろう、と思うようになった。そこで、私は彼への恋心に気づいた。
彼がいてくれたおかげで、私の高校生活は豊かなものとなった
好きだ、と伝えたのは彼からだった。彼も私も進級間近の2月の出来事だった。バレンタインに託けて告白しようと思っていた矢先、バレンタインの3日前に告白された。勿論嬉しかったが、なぜ今、という疑問が湧いた。お前からチョコが欲しかった、それと好きだと気づいたのは最近のことで、他の男に取られる前に伝えたかったそうだ。なんとも彼らしい。
付き合ってからの彼はもともと優しい人だったが、それに拍車がかかり宝物を扱うかのように私に接してくれた。彼がいてくれたおかげで、私の高校生活はかなり豊かなものとなった。しかし、それも高校にいるうちだけだった。
私は彼の夢の邪魔をしたくなかった
私の家は、現代では珍しい代々男児が家督を継ぐ、古風な家柄だった。しかし、私たちの代では私と妹の女しかおらず、私の結婚相手が家督を継がなければならなかった。
彼には、研究者になるという夢がある。名のある大学に入りやすくするため、生徒会活動や部活動に勤しみ、良好な人間関係を築いてきた。それは簡単なことではないと私はそばで見ていたから、重々承知していた。
私は彼の夢の邪魔をしたくなかった。昔の私なら、自分の気持ち――彼とずっと一緒にいたいという気持ち――を優先させただろう。自分よりも愛する人の夢を優先させたいと、私に思わせるくらい惚れさせた彼はたいしたものだ。恋愛は、先に惚れたほうが負けとはよく言ったもので、私はとっくに彼に負けているのだ。これからも勝てることはないだろう。