お金とか地位とか、そういった目に見えるものが重視されがちな世の中だけれど、目に見えない、人の「思い」も、人にはちゃんと伝わると、私は思っている。

私は今まで漠然と、そう思って生きてきた。小さい頃から本が好きだったから、その影響もあるかもしれない。
漠然と思っていたのと、自分がなんとなく感じてきただけだったから、人にうまく説明ができなかったけれど、具体的な、「思い」は伝わるんだなあ、と思った出来事があったので紹介したい。

試験なんて、久しぶり。なんだか緊張で落ち着かない時間が過ぎる

数年前、私は資格試験を受けた。資格試験と言っても、一般教養みたいな、そこまで難しくないものだ。
私は、そういった、試験会場で試験を受けることが久しぶりだったため、緊張していた。
それは私が好きで受けようと思った試験だったから、勉強はしたつもりだったし、落ちても問題はなかった。でもやっぱり、緊張していた。
当時、アルバイト以外は年がら年中遅刻ばかりしていた私が、珍しく、会場となる大学に余裕を持って着いた。

教室は受験番号ごとに振り分けられていて、私は貼り出された紙を見て、教室を確認した。
永遠に続きそうな階段を上って、教室を見つけ、入る。そこは案外小さな部屋だった。
試験のルールで、この教室内で問題集などを開いてはいけないと、試験監督が繰り返し言っていた。黒板にもそう書いてあった。

だから廊下に、あんなに人がいたのか。みんな、廊下で問題集を見ていたのだ。
私は、もう人が立つスペースがあまりなさそうな廊下で、一人で突っ立っているのは嫌だったし、そこは寒そうだったから、教室にいることにした。

問題用紙が配られるまで、あと15分あった。
最初は、こんなに余裕を持って来た自分すごい、とか、ちょっとふざけて思っていたけれど、それもたぶん、2分くらいしか保たなかった。
どんどんと、緊張してきたのだ。覚えた言葉を思い出したり、指で手のひらに書いたりしようと試みたものの、簡単なものさえあやふやにしかできなくて、より緊張したから、それはやめた。

どこかやる気のない試験監督に見守られながら、試験が終わった

座っていた座席は三人掛けで、それをニ人で使うようだった。私の隣の人はまだ来ていなかった。
それに、そもそも教室内にいる人が少なくて、空間が、がらんとしていた。
頭の中で復習しようにも、緊張でうまくできなかったし、なにより緊張を紛らわしたかった。それで私は、人と目が合わないように気をつけながら、教室内を見ていた。私の席は、真ん中の少し後ろよりだった。

受験生は、必死な人も、余裕そうな人もいた。
試験監督は三人いて、おそらくニ人はアルバイトだったと思う。アルバイトの一人は、だらしのない感じの男子大学生らしき人で、もう一人は、主婦のようだった。

あと一人の、どこかの社員らしき人は中年の男性だった。その人は、頼りなさそうで、早く帰りたいと思っている感じがした。
試験について注意事項を読むのはその社員の人で、それはすごく棒読みで、噛み噛みだった。私はもう緊張MAXで、噛み噛みなのがまどろっこしかった。早く始めてほしかった。
試験中も三人は変わらない様子で、主婦らしき人はともかく、あとの二人は、はっきり言ってしまえばやる気がなさそうだった。

あんなに気だるげだったのに。思いのこもったその一言が、心に響いた

試験が終わり、解答用紙を集め終わり、集計も終わった感じだったのに、社員の男性が、「枚数が合わないため、もう一度数え直します」と言った。受験生は、さらに待たされることになった。
ニ回目の集計で数は合ったようだったけれど、原因は結局、一回目の集計ミスだった。
資格試験で、そんなことは初めてだった。

最後に社員の男性が挨拶をした。集計ミスで待たせて申し訳ないとか、そういったことを言い、その後に続けた。

「本日は〇〇検定を受験いただき、ありがとうございました!」

今までのやる気のなさはどこにいったのか、というくらい、それは気持ちのいい挨拶だった。
その人の思いが、私には伝わった気がした。こういった形式的な挨拶は、全然心に響かない私だけれど、これは響いた。本当に、そう思っているんだ、と感じた。

小さな出来事で、しかも試験会場という、人の「思い」とは縁の遠そうな場所で、私は確かに、「思い」を受け取った。