「長男や長女は嫁や婿をもらって、その家を守っていかないといけないのよ。結婚しないのは論外」……生前、祖母が私に暗示を掛けるかのごとく、言っていた言葉である。

祖母の教えをよそに飛び出した私と、私とは正反対の自慢の妹

私には2つ下の妹がいる。現在26歳。つまり私は長女ということになる。
だが、祖母の遺した言葉をよそに、20代半ばで学生時代から付き合っていた現旦那と結婚し、実家を出た。
旦那は次男であったため、祖母の教え通りにいけば「婿に迎える」という手もあったが、その条件を義家族に突き付けた時のことをイメージすると、何だか悪い予感しかしなかったので何も言わずに私が「嫁に行く」形を選んだ。
暗示は私には掛からなかった。

実家には今は、妹と両親の3人が暮らしている。両親もまだ還暦前で現役で働いているが、妹から時折聞く話からは、昔と比べて老いを感じることも増えた。もう親に頼ってばかりもいられない年齢になったなとしみじみ感じる。

妹は、姉の私が言うのもアレだが、とても凛々しい女性である。楽天的すぎる姉を持った反面教師で、昔からお金の管理はしっかりこなすし、言動も人生二周目では無かろうかというほど大人びている。社会的にも安定した仕事に就いている。他人に弱味を見せることは少なく、自立した女性のイメージそのものだった。
そして、私と正反対の性格、価値観を持ちながら生きる妹が、私にとっては興味深い存在であり、単純に言って大好きだった。

猫を飼う。だから家をでる。妹の突然の宣言を、母が許すはずもなく

そんな妹が先日突然「猫を飼いたい」と言い出した。
詳しく聞くと、"猫を飼いたいが、この老朽化の進む家では飼うことが出来ない。尚且つ両親にはきっと反対されるだろう → 実家を出て、猫を飼える賃貸を借りるか家を買おうかと思う" といった内容。
一見「あぁ、そうか。好きにすれば?」と言って終わりそうな話ではあるが、一筋縄ではいかないのが我が家の場合である。

まず、超がつくほど妹を可愛がっている母が許すはずがない。
母は長女の私には本当に厳しい人だった。母が品行方正を求めるほど、私はその逆を行きたがったし、結果として母との関係には溝が出来て、実は今でもちょっとぎこちない。
その反面、妹のことは無条件に可愛がり、側から見ると依存していると捉えられるほどの溺愛っぷり。そんな妹が猫を理由に家を出たいなど、母の心に響くはずはない。それは、例え20代後半の良い年をした大人が言うことであっても、だ。

そしてなにより、猫を飼いたくて家を出るとはわりと素っ頓狂であるように思う。如何なる理由で親元を巣立つかは人それぞれだが、猫を飼うためというのはなかなか斬新ではなかろうか。

家を出て、猫を飼う。それは、結婚への決別なのだと気付いた

しかし、妹との会話の中で私は別な真理を見出す。それは「猫を飼って一人暮らし始めると、本当にもう結婚はいいや~ってなると思う」という何気ない一言から。

実は、妹は数年前に婚約破棄を経験している。
相手は長男ではなく四男。祖母の望んでいた、我が家に「婿」として入る予定だった。しかし、どちらかが一方的に切り出した訳でもなく、籍を入れる直前になって両者共に「結婚したいのはお互い今の環境を変えたいだけ」ということに気付いたらしい。

妹の言葉を借りると、当時の結婚の決意は「妥協」であり「逃げ」だったそうだ。結局その彼との別れ以来、妹からは浮いた話は聞かないし、聞いたのは「自分はそんなに結婚したいタイプの人間ではなかった」という自分自身への気付きだった。

つまり、私の解釈では、猫を飼って家を出ることは、いよいよ妹自身の結婚への決別だったのである。

妹よ。どうか、「暗示破り」の姉の犠牲にならないで

ここで久しぶりに冒頭の祖母の言葉を思い出した。
祖母の教えを守ったならば、代々続く実家を守るのは私であって、妹は自由なタイミングで嫁に行くことも出来たし、もしかすると一人自由に猫を愛でる生活を送っていたかもしれない。
私がこの家に長年伝えられる暗示を破ったことで、妹がどうしても呪縛から逃れられずにいるのではないか。妹は「お姉ちゃんが長女の癖に早々と家を出たから、私が最期まで家の面倒を見ないといけない」とは決して口にしない。ただ、私自身が、嫁に行ったことで、妹だけが、朽ち果てるのみの我が家の行く末を抱えてしまっている気がして、妹に申し訳ない気持ちを抱いているのである。

妹の"猫を飼いたい話"を一通り聞いた後、私は結局「とっても良いと思う。手助けするよ」と明るく声を掛けた。
その「手助け」は、猫を飼うことに対してと言うより、まだ祖母の教えが残る実家に残してしまった妹を救い出すことへの「手助け」をしたいという意味合いで。

どうか妹には身勝手に飛び出した姉の犠牲にならないでほしい。そして、早く我が家の前時代的な呪縛が消失しますように。