20歳の時、嵐の様な恋をした。

突然現れた暴風雨に巻き込まれた私は、なすすべもなくただ身を任せる事しかできなかった。膨れ上がる恋心と不安を抱え、当てもなくぐるぐる夜毎一人ドライブをした。まるで哀れな回遊魚だ。

フェスで出会った彼。後日ゆっくり話した結果、私は「恋に落ちた」

彼との出会いはフェスだった。ビールでも飲もうかとフードエリアをうろうろしていると、後ろから声をかけられた。どうやら財布を落としていたらしく、その瞬間を見ていた彼が拾って届けてくれたのだ。こんないい方をすると運命みたいだが、まあ簡単にいえばナンパだ。

まるで嵐の前の静けさとでもいうように、その時は何とも思っていなかった。見た目はまあクリアかな。背も高いし、音楽の趣味も合う。ちょっと年上だけど、悪くはないかな? とぼんやり査定していた。

住んでいる地域もさほど遠くなかったので、翌週に飲みに行くことになった。私はちょうど長い事付き合っていた彼氏と別れて間もなく、なんだかちょっと遊びたかった。その時他にも何人か遊んでいる相手はいたので、彼もその中の一人くらいのつもりだった。

さっそく、私と彼の友人を交えて4人で飲みに行った。その時、私は「あ、落ちる。この人好きだ」と確信した。「ビビッとくる」とかそういう事ではなく、ゆっくり話してみた結果、総合して「大合格じゃん!」となったのだ。

この時はまだ余裕がありつつも、抗えない好きのスピードに慄いてもいた。顔が好き、大きな体と手が好き、年上の余裕が好き、ちょっと暗い映画の好みが好き、とりあえず、なんか好き。

彼とは2人で何度もあったが、私たちの「関係」に名前はなかった

それから、2人で何度も会った。彼は私を自然に求めたし、私も彼を受け入れた。彼の骨っぽい手が私の体をすべらかに移動していくのが、たまらなく嬉しい。 ああ、彼に出会う為に前の恋は終わったんだ、全ては用意されていたのね、なんて舞い上がっていた。

ただ一つ、不安な事があった。彼は「付き合おう」とは言ってくれなかった。出会ってから毎日連絡を取り合い、1週間に1回は会っていた。私は、付き合っているという関係を言葉にして欲しいタイプだった。けど、怖くて自分からは確認できない。不安に駆られ、当たると評判の占いに赴き「彼と付き合う事はない」と言われ、さらに落ち込むという堂々巡り状態となった。

そんな折、彼が転勤する事となった。当時は東日本大震災が起きてからそんなに経っておらず、あまり明かせないが彼はそれに関わる職業だった。どうやら転勤は決まっていたが、場所が場所なので色々悩んでいたようだった。

災害があったあの場所に、彼は行かなくてはならないという。それでも、私たちは会い続けた。遠距離で、かつ不安定な状況が私たちを取り巻いていた。

そんな状態がしばらく続き、彼を無我夢中で好きになれる、という幼い脆さが限界を迎えた。私たちの関係に名前をつけて欲しい。

会う約束をしていた日、私は「付き合ってほしい」と別れ際に伝えた。彼は「僕が近くにいれたら良かったんだけど」と言った。私はその言葉を聞いた瞬間、立ち上がり「分かった」とだけ言って彼の部屋を後にした。そして、彼とはそれきりとなった。

ふられた理由がわからないまま、私の中には「彼の居場所」が少しある

まさに台風が過ぎ去った後の様に、すっきり何もなくなった。ぽかりと空いた彼のスペースだった部分が大きくてちゃんと図れない。だから、涙もあまり出なかった。

ふられた理由は、はっきり分からない。彼には彼なりの葛藤があった気もするが、起こった事以上の事実はないのだとも思う。しかし「勤務地の状況で体に影響が出れば、先の事は分からない」と言った彼の言葉の重みは今になってよく分かる。

さすがにもう彼を好きな気持ちはない。けど、彼だけが与える苦く切ない感情に、時折胸が疼く。空いた穴は、彼以外では埋まらなかったようだ。私の中には未だに、彼の居場所がほんの少しだけ在り続ける。