これは私がそれまでの人生で経験したことのなかった、“実らない恋”だった。
自分で言うのもなんだが、私はそれまで想いを寄せた人と必ず恋を成就させてきた。いわば、勝ち組だった。でも、この恋だけはどんなに努力しても、どう頑張ってもどうにもならなかったのだ。
私たちは、まるで脳を共有しているかのように「価値観」が似ていた
大学1年生の夏休み。進学と共に始めた一人暮らしに慣れた頃、私は人生で初めてのアルバイトに就いた。そのバイト先にいた1人の男性社員が、私が人生で最も想いを寄せた人である。
彼は知的な顔立ち、スーツが映える高身長、引き締まった体で、初めて社会人と接点を持った私は「これが大人の男性なんだな」となんとなく思った。その時は恋心なんて、ましてときめきなんて微塵も感じなかったのである。
私が彼に恋心を持ったのは、プライベートで私と彼、他の社員と3人でドライブに行った時だった。3人で他愛もない会話をしていく中で、彼とは考え方や価値観が似ていて…どころではなかった。
まるで脳を共有しているかのように、話す言葉が何度もダダ被りしたのだ。それだけではない。会話とは全然違うことを考えていでも、その内容が同じだったり、人生の価値観も酷似していたりした。「お前ら本当に仲良いな」と笑っていた他の社員も、途中から眉間に皺を寄せて黙り込んでしまうほどだった。
そんな彼に、私が恋に落ちない理由はなかった。彼には何を言っても理解してくれるし、私が求める理想の肯定をしてくれる。元々周りと意見が合うことなんて滅多になくて、高校時代まで自分の主張は押し殺して、周りに合わせることに必死だった。流行りの服も音楽も、テレビ番組も、全く興味がなかったけれど「あの子の話つまんない」と言われたくなくて、必死に“みんなに好かれる自分”を演じてきた。
だけど、彼の前では頑張らなくていいんだ。彼だけは、私のことを理解してくれる。本当の私を見てくれる。きっと彼もそうだ。彼だって私と同じように、周りと意見が合わなくて悩んできたに違いない。疎外感を感じたに違いない。
でも、私だったら彼を理解してあげられる。寄り添うことができる。もし付き合えたら、私なら彼を絶対幸せにできると思っていた。だが、恋はいつだって盲目だ。勝手に都合よく解釈して、勝手に妄想して、勝手に舞い上がって。
これまでの恋愛で振られたことも、拒否されることもなかったのに…
結局、その後も2人で数回ドライブに行ったが、この恋は私の一方的な気持ちで終わった。どうして私じゃダメだったのか、本当の理由は今でも分からない。なぜなら、彼が告白されることを拒んだからだ。これまでの恋愛経験で振られたことも、まして告白を拒否されることもなかった私は酷く傷付いた。
振られた直後の私は、他の男性たちと関係を持って、必死に寂しさを埋めた時期もあった。様々な男性と出会い、見てきた経験から、彼が告白させてくれなかった理由について理想的に語ってみる。
なぜなら私は無知な大学生で、彼は現実を見ることのできる社会人だったからだ。彼は20代半ばだったし、付き合う相手には結婚を見据えてほしかったのかもしれない。一方私は「好き」という感情だけで告白するし、付き合ってきた。お互い好きの感情があれば、それで問題なかった。
年々、純粋な恋愛はできなくなっていくけど、彼だけはそのままでいて
歳を重ねるたびに、純粋な恋愛はできなくなっていく。かっこいいだけじゃダメ。優しいだけじゃダメ。スポーツができるだけじゃダメ。
経済力があるのか。子どもを作りたいのか。この人と一生苦楽を共にできるのかと色んなことを考えてしまう。
きっとそういうことを、彼は考えられる人間だったのだろう。本当は、ただ単に年下がNGとか、ルックスが好みじゃなかっただけなのかもしれない。だけど、告白を拒んだ真相は彼にしか分からない。
ならばせめて、私の心の中では彼のことを“優しい大人の男性”だったと思いたい。だって彼とドライブして見に行った夜明けの満開の桜並木は、あんなに美しかったのだから。それを見る彼の横顔は、桜並木なんかより美しかったのだから。
少しくらい勝手に、都憧れ合よく解釈することをどうか許してほしい。