彼は変わった人だった。

他人にまるで興味がない。当時流行っていたSNSをひとつもやってなかった。友達付き合いも悪い方。なのに何故か憎めなくて、彼の周りにはいつも人が集まっていた。そんな不思議な魅力を持つ彼に、私はぞっこんだった。

高校で同じクラスの同級生。花火大会に行き告白され、初めて手を繋ぐといったお手本のような青春を過ごした。その半年後、私は地方の大学に進学し、遠距離恋愛が始まった。

嫌なことがあったとき、彼なら優しく慰めてくれると思っていた

離れてても大丈夫って思ってた。彼はお金と時間をかけて会いにきてくれたし、私も休みの度に帰省しては彼のアパートに足繁く通った。久しぶりに会えた時は、嬉しくて嬉しくて胸がいっぱいだった。別れ際は、ピンクのバスの前で人目も憚らず泣いた。

遠距離恋愛は楽しいことだけじゃなく、苦しいことも数え切れないほどあったけど、彼のことが大好きだったから幸せだった。私の生活はいつだって、彼中心に営まれていた。

ある夏の日、親友だと思っていた女の子にお金を盗られた。2人きりの部屋で私が席を外している間に、財布から2万円ほど抜き取られたのだ。彼女は知らないと言ったので、問い詰めることはしなかったが、それっきり連絡が途絶えた。

仲の良い親友に裏切られたことが悲しくて、かなり落ち込んでいた私は彼に電話をかけた。きっと優しく慰めて、やり場のない気持ちに寄り添ってくれるだろうと思って。だが、彼が私に放ったのは「勘違いじゃない?あなたが失くしたんでしょ」という一言だった。

一瞬で、指先から全身まで凍っていくような感覚に襲われた。「ああこの人は、彼女である私を信用していないのだ」と思った。

彼の一言は、親友に裏切られたその事実よりも深く深く私の心をズタズタにした。私をからかうような彼特有のいつものノリだったのかもしれない。もしくは、感情的になっていた私に敢えてそう言ったのかもしれない。それにしても、それが悩んでいる彼女にかける言葉か。この日を境に私たちの歯車は、どんどん噛み合わなくなっていった。

彼は目の前の楽しいことが好物で、面倒なことは見て見ぬフリをする

思えば、彼と真剣に話し合った記憶が私にはない。友人関係やバイト、学校の悩み、将来の話をしようとすると、いつも綺麗にはぐらかされていた。喧嘩をする度仲直りのために歩み寄ろうとしても、彼はイヤホンで私の声をシャットアウトし、聞く耳を持たない。

私が泣いて縋ってもだんまり。痺れを切らして私が「もうこの話終わりね」というと「俺が悪かった、俺はいつもあなたを不幸にしてしまう」と泣き出す始末。

彼は目の前の楽しいことが何よりの好物で、面倒なことは直ぐに見て見ぬフリをする。「隠し事をするのも、守れない約束をするのも、私を悲しませたくないから」って言ってたけれど、向き合うことにエネルギーを使いたくなかっただけ。それを私が許してしまったせいで、彼はその場しのぎが悲しいくらい上手くなった。

「あまりに不器用すぎる。そんなところもかわいくて好きだった。あなたは結局、自分が一番大好きで、そんな自信家なところにも憧れてた。でも、もう疲れちゃった」と疲弊した私は、彼に別れを切り出した。

「最後に俺の嫌だったところ、全部教えてよ」と彼が言った。堰を切ったように今までの思いが溢れ出た。電話越しに泣き喚きながら、でも淡々と嫌だったところを述べる私は、さぞかし狂気じみていただろう。彼は私の吐き出す言葉をじっと受け止めた後、「最初からこうやって話せてたら、何か違ったかな」「悔しい」と消え入りそうな声で呟いた。

親友にお金を盗まれたとき、私の味方をしてくれたのは彼じゃなかった

あんなに好きだった彼の嫌なところを幾つも羅列できる自分が悲しかった。

初めて本気で向き合えたのが最後の電話でなんて、あまりにも皮肉だ。気付くのが遅いよ。私も悔しかったよ。でも、もう終わりにしよう。私と彼の2年半はこうして幕を閉じた。

親友にお金を盗まれた相談をしたとき、絶対的に私の味方をして受け止めてくれた友人がいる。それが今の恋人。彼が運命の人だって思ってる。どんな状況でも私を1番に信じてくれる、本当に素敵な人だよ。

あなたも、あなた以上に大切にしたい人と、どうか幸せになってね。