例えば、家族。
親なら、兄弟なら、祖父母なら。自分を際限なく受け入れてくれて、誰よりも味方でいてくれて、何をしても最終的には許してくれる。
驕りでもなんでもない、そう確信できるほどの信頼関係を築き、時間を過ごしてきた。
そして同じように私もそうする。

下心も何も無い、ひたむきな愛情は、家族から注がれるものだと無意識に私は考え、決めつけていたのかもしれない。

ずっとずっと仲が良かったし、私達はいつも一緒だった

人生で1番、私のことを心から好いてくれていたであろう彼をふったのは、何年か前のこと。
大学で出逢い、友人から恋人へ。
別れて友人に戻り、また恋人に。
そんな過程を経て、関係はもう6年程続いていた。

凄く優しいひとだった。
実直で努力家、こうと決めたら譲らない。かっこよくて、スポーツも出来て、人を絶対に悪く言わない。
愚痴すらも、友人時代も恋人でいた時も聞いたことが無いように思う。
まるで漫画の主人公の様だったことを、良く覚えてる。
そう言うと、照れたように「よく言われるんだよね」なんて笑う顔が懐かしい。
色々抜けてしまう私の失敗をよくカバーしてくれたし、よく笑っていた。
「なんか、らしいな。」って、馬鹿にするわけでもなく何度も言っては受け入れてくれていた。

一緒にカフェ巡りもよくした。
新宿のブルーボトルコーヒー、代官山のTSUTAYA併設のスターバックスがお気に入りで、本を読んだり勉強したり、どうでもいいお話の繰り返し。

カメラも旅行も、趣味だって合っていた。
ほんの少しだけど、同じアルバイトだってした。どちらがラテアートうまく出来るかなんて競い合ったの、楽しかった。
家族が大好きなところも、人生や愛の価値観だって、一緒だった。

ーーーー今思えば、ふる理由なんて1つも無かった。ように思える。

大学の4年間は、彼で埋め尽くされている。
友達、恋人、それ未満それ以上。様々な名称を心の中でつけながら、ずっとずっと仲が良かったし、私達はいつも一緒だった。

どんな子供だったか、どんな思春期を過ごしてきたのか、家族は親戚は、好きな食べ物嫌いな食べ物、習い事、趣味、将来の夢、お互いのアルバイトのこと、住んでるところにこんなお店ができてさ、スタバの1番好きなドリンク、休みの日何してるの。
お互いの事、秘密なんて無いと感じてしまうほどに沢山話し合い、心のドアは全開すぎて、いつも靴を脱がずに入り込んでいた気がする。
ノックなんてする必要も無い、するより前に迎え入れてくれてたから。

「この人の前で脱ぎたく無い」。純粋な違和感だった

ふと、ある時、身体を重ねることに違和感を覚える自分が顔を出した。

ーーーーーこの人の前で脱ぎたく無い。

それは、彼に対しての嫌悪でも羞恥心でも生理的なものでもない。
純粋な違和感だった。
思春期を過ぎて、脱衣所とかであんまり家族に裸を見られたくない、あれに似ている。

ーーーーこの人の前で裸になりたくない。

行為をしたくない。触ったり触られたり、喘いだり、動物的なことをしたくない。

余りにも一緒にいすぎて、お互いの事を知りすぎて、気付けば家族のような存在になっていたのかも、なんて。
大切なことに変わりはないのに、なんで?

元々、そんなに肌を重ねる回数が多くはなかったからかもしれない、キスをあんまりしなかったからだ。
そんな風に恋人とそういう行為をする事に違和感のある自分を正当化しようとしても、何1つ解決なんてしなかった。
私が心の病気?男性が駄目になった?そんな可能性も考えたけれど、違うのは私が1番良く分かっていた。

いつも味方でいてくれて、そばにいてくれて、彼の下心のない、純粋なひたむきな愛情は、私の中で彼を勝手に家族にさせてしまったのかもしれない。
"異性"を通り越して、余りにも1人の人間として見過ぎてしまったのかもしれない。

大好きなのに離れなきゃいけない理由なんてなかったのに

ふった時、彼は何も納得しなかった。
けれど、諦めてくれた。

嫌いじゃない、むしろ大好き。一緒にいて楽しい、これからもそばにいてほしい。
けど、そういうことはしたくないの。

これが熟年夫婦ならまだ理解出来るし、してもらえた。でも私達はまだまだ若くて、彼は男の子で、そして未来を考えれば将来子供のことも考える。
余程の理由がない限り、したくないなんて我儘が罷り通る筈はないし、彼にも申し訳なかった。
ひとことには到底表せない、感情が渦巻いていた。

ふった理由、それは、"あなたとしたくないと思ってしまったから"
だって、家族のように思えてしまったから。

字面だけ見ると、なんて酷いんだろう、と。
男性としてのプライドも打ち砕くような発言だって思うし、何様だって叱る自分がいる。何年経っても、別れ話をした時の彼の表情は忘れられない。

私が男の子だったら、きっと唯一無二の親友でいられただろうし、大好きなのに離れなきゃいけない理由なんてなかったのに。
兄弟とか、本物の家族だったらよかったのに。

嫌いじゃない、寧ろ大好き。
けれど世界には、こんな些細な違和感で離れる恋人もいるんだ、なんて。

自分のことなのにひとごとのように、思い出したりする私がいる。