あぁ、私はきっとこの人を好きになる。直感でそう思った
彼とは職場で出会った。私が異動してきた部署にいた、同期だけど2歳年上の大人な彼。
入社式以降顔を合わせることなく、同じ部署になるまで正直存在すら忘れかけていた。新しい仕事を覚えるのに必死な私にいつも優しく教えてくれた。
そしてあるとき「よかったら今度一緒にごはんとかどう?」というライン。私は嬉しいとかよりもまず、(何故わたし……?)と困惑したのを覚えている。
嬉しい気持ちはあったけれど、何故カッコよくて仕事もできて優しい彼が、地味で仕事も出来ない冴えない私を食事に誘うのかまったく理解できなかった。男の人と2人で食事なんていつぶりだろう、そんなことを考えながら気付けば「行きたい」と返事していた。
迎えた初デート当日、いつもより少し早起きして化粧を頑張って、そわそわしながら仕事を終わらせ、待ち合わせ場所に向かった。
彼はあまりお酒が飲めないと言っていたがビールを1杯だけ頼んだ。本当は別に飲みたくなかったのかもしれない。ビールは苦くて飲めないお子ちゃまな私の前でカッコつけたかっただけかもしれない。そうだったら嬉しい、なんて思っていた。
彼の話は面白かった。そして話すのが下手な私の話を最後まで聞いてくれて相槌を打ってくれた。あぁ、私はきっとこの人を好きになる。心地良い相槌を聞きながら直感でそう思った。
何度かデートを重ねて、私は会うたびに彼のことが好きになっていった。落ち着いた声、男らしい腕、愛おしそうに私を見つめる優しい瞳。
彼に触れたくて仕方なかった。肩が触れ合うだけでドキドキしていた。
彼をこれ以上知ってしまったらもう戻れない
4回目のデートの帰り道、彼は「もう少しだけ……」と言って私を引き留めた。
いつもなら帰る時間だった。私は迷った。もしかしたら彼に今日告白されるかもしれないと思ったからだ。
彼と付き合いたい、でも私にはその勇気がなかった。人気者の彼と私が釣り合うはずがない。周りからなんて言われるか怖かった。彼の株が下がってしまうのではと心配になった。
私は私で、彼のことが好きすぎて彼をこれ以上知ってしまったらもう戻れない、彼をもし失ってしまったら1人きりの人生に生きる価値などなくなってしまうのではないか、そう思った。それくらい好きになっていた。そして私は付き合う前から別れた時のことを考えるくらいにはネガティブな女なのだ。
手すら繋いでいない今の関係が充分に幸せであり、これ以上を望むことがどうしても出来なかった。
「ごめん、帰る」急に素っ気なくなった私を見て彼は驚いていた。「体調悪い?」と気遣ってくれる彼を残して私は電車に乗った。
それ以降なんとなく気まずくなって私は職場でも彼を避けるようになった。彼も目を合わせてくることもなくなった。
本当は隣にいたかったけれど、支えられる自信がなかった
半年後、彼に彼女が出来たと人づてに聞いた。幸せそうに笑う彼を見ながらそっと泣いた。
君が幸せならそれでいいよ。きっと新しい彼女は私よりも綺麗でスタイルが良くて誰からも愛されるような人なんだろうな。私じゃなくて良かった。本当は隣にいたかったけれど、支えられる自信がなかった。
彼と付き合って彼に溺れていく自分がありありと想像できたから。好き過ぎると自分が自分でなくなる。過去の経験から私は学んでいた。
そして今、私の隣には私のことが好きでたまらないと溺れている恋人がいる。少なくとも私にはそう見える。
この恋人のことで私が自分を見失うことはきっとないだろうが、大切に思い、支えていくことならできると思う。
今日も私は恋人の為に肉じゃがを作って帰りを待っている。失恋して酒に溺れて飲めるようになったビールを飲みながら。
大好きだった彼のことを少しだけ思い出しながら。