「傷つけることになると思うから」
私が好きだと伝えると、君はそう言ってごめんと言った。
私は君をずっと見ていたけれど、君は私の顔を一回も見なかった。
君になら、どれほど傷つけられても構わないのに。傷つけられるなら、君がいいのに。
そのくらい好きで、好きで、好きで、好きで。君の特別になりたかった。
クラスの中で、多分私が一番君のことを知っていた。
授業中、よく一緒に絵しりとりをしたね。君の描く絵はいつもよくわからなかったけど、私は一生懸命考えて次の絵を描いた。君は私の絵を見て「下手くそ」って笑って、同じように一生懸命考えて、次の絵を描いてくれた。
夜に長電話もよくしたね。君が無理だと言われていた志望大学のA判定を取った時は、私も本当に嬉しくて嬉しくて。胸が暖かいものでいっぱいに満たされて。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。
なぜだろう。私の変化に一番に気づくのはいつも君だった
また、クラスの中で私のことを一番よく知っていたのは君だったと思う。
朝礼の時に、「体調悪い?」と聞かれたときはびっくりした。前日の夜、両親のケンカで寝れなくて、でもそのことは誰にも言っていなかった。
そのあと私は貧血になって、次に目が覚めた時は保健室だった。君が、倒れる直前に支えてくれて、そのまま抱えて連れてきてくれたんだと後から聞いた。
その時、意識が朦朧としていたのが本当に悔しい。これは高校生活一番の後悔。あの時の私、なにしてんだ。
他にも、前髪を切った時は一番にからかいにやってきた。部活でレギュラーになった時も一番におめでとうって言ってくれた。そんな君を好きにならない理由なんて、どこを探しても見つかるはずはなかった。
ある帰り道、私は君に思いの丈をぶつけた。君の頭の中を私でいっぱいにしたかった。隣にいる今の距離より、もっともっと君に近づきたかった。いっぱい触れて、むちゃくちゃにしたかった。
君は驚き、下を向いて私を見てくれなくなった。その瞬間、私は失敗したと思った。君が下を向く時は、言いにくいことがある時だと知っていたから。そして、その言いにくいことは二人の距離を隣よりもさらに遠ざけることになると思ったから。
傷つけて泣かせてくれないのに、嫌いにもさせてくれない
「お前は俺よりも、もっといい奴がいると思う」
君がポツリと言った。
「俺、絶対お前を傷つける」
私たちはたくさん話して、たくさん遊んで、たくさん笑いあったけど、君は私のことを傷つけて泣かせてはくれないんだね。
私はそれでもいい、と君に言った。
君にならいくらでも傷つけられてもいい、と。
君は少し困った顔になって、そういうことじゃないんだ、と言った。俺が嫌なんだ、と。
君は優しくて、賢くて、そして本当にずるい。そんな言い方されたら、もうなにも言えないじゃん。もう、すがることもできないじゃん。けど嫌いになって諦めることもできないじゃん。
熱い水がすぐそこまで上がってきて、鼻がつんとし始めたけど必死に耐えた。泣いたらさらに、この関係は遠くなってしまうと思ったから。どんな関係でも、今は君を繋ぎ止めておきたかった。
「そっか。わかった」
私は声を絞り出し、平静を装い、そう言った。
「じゃあ、私こっちだから。またね」
いつもの帰り道。いつもの挨拶。だけどいつもと違う空気。
制服のスカートが握りしめた拳でしわくちゃになっていた。