どこからだろう、懐かしい香りがした。汗が背中を伝うほど蒸し暑い朝だった。きっとこんな日は洗濯物がよく乾くのだろう。せっかくの休日だから、今日はシーツまで干してしまおうか。洗濯が終わったら、掃除機までかけてしまおう。部屋がきれいになれば、気持ちも明るくなる。それが終わったら、エアコンを入れた快適な部屋で撮りためていた映画を見よう。今日はコメディがいい。思いっきり笑ってしまおう。昨日のことなんて笑い飛ばしてしまおう。

あなたと私の関係は友達以上、恋人未満。振り回されているのは私

 私だって人間だ。機嫌が悪い日も、常に笑顔でいられるわけもない。
それはあなたも一緒で、ちょっとしたことでイラついてしまうこともあるだろう。頭ではわかっていても、うまくはいかないものだ。なんでも頭で考えてしまう私だから、考えて、悩んで、迷ってそのうえで答えを出そうと結論を焦らないように生きてきたつもりだ。
でも、どうしてもあなたの前ではありのままでいたくなってしまったの。思いのまま伝えたくなってしまったの。

 あなたは私に振り回されてるって言ったけど、振り回されているのは私。あなたに会いたくて、次の予定を決めるの。あなたは私のことを何とも思っていないこと、気づいているよ。都合のいい関係、それが一番似合ってる。友達以上、恋人未満。そんな都合のいい言葉はいったい誰が考えたのだろうね。恋人になるってこんなに難しかったんだね。

今の私はあなたの幸せなんて願えない。一緒に地獄に落ちてしまえばいい

 体を重ねるときだけ、あなたは私を下の名前で呼ぶ。私がそれを喜ぶかのように。優しく頭をなでて、優しく抱きしめてくれるの。この時間が続けばいいのにって思うから私はあなたの服の裾をギュって握るの。きっと気づいてないのでしょうね。関係が友達の一線を越えてしまっても、あなたは私たちの関係を友達と呼ぶ。男女の友情は存在するって真顔で答える。今の私はあなたの幸せなんて願えない。一緒に地獄に落ちてしまえばいいと思ってるよ。

 でも、あなたは真剣な声で時々まじめなことを言う。苦しくなったら逃げたらいい。俺が逃げる場所でいいって。それはあなたも逃げているんだよね。ほら、一緒に地獄に落ちるだけじゃない。だって、30になったら考えてもいいなんて、私が今一番聞きたくない言葉を簡単に口に出してしまうじゃない。

「これが最後」。またねって言うとまた会いたくなるから

 幸せになりなさい。あなたが幸せにしてくれればいいのにって何度も思ったよ。「そんな男やめなさい」って周りは言うけど、簡単にやめられたらいいのにね。「またね」って言ったのはまた会いたくてたまらないから。でも、頭ではわかってる。こんな生産性のない関係はお互い報われないことだって。だから、夢だって思うよ。迷い込んでしまっただけだって何度も唱えるの。そして、これが最後って目を閉じるの。

 だから、言わなかったよ。またねって。だってまた会いたくなるから。

 本当に火をつけるべきなのはケーキの上のろうそくだってわかってる。
でも一人で火をつけるのは、今の私にはできない。それに、一人用のケーキに30本も立てたら火事になってしまう。だから、蚊取り線香に火をつけた。きっと蚊取り線香なんか炊いてしまったからだ。文明の進化がある。置くだけで害虫が寄ってこないならそのほうが便利だ。そのせいでこんなアンニュイな気持ちになってしまったではないか。
やっぱり、恋愛映画でも見ようかな。教科書みたいなきれいな青春映画にしよう。そうすればきっと私も違う世界に迷い込んでしまえるだろうから。キレイな関係を思い出せるような気がするから。外ではセミの音が鳴り響いていた。アイスティーの氷が溶けて、カランと音が鳴った。