初めて違和感を覚えたのは半年前。彼にではなく、私自身に対する違和感だった。
「好きだよ」と微笑む彼の顔を見ても、何の感情もわかなくなっていた自分に気づいたとき、何故か涙が出た。無言で泣く私を彼はいつもよりずっと優しく撫でたのをよく覚えている。
会うたびに変わっていく私を、いつも褒めてくれた優しい彼
付き合い始めたのは高校一年生の秋。彼には元カノが3人いたが、私には元カレなる人はいなかった。高3になると二人で買ったお揃いのシャーペンを使って勉強した。彼は毎日私のクラスまで迎えに来て一緒に帰った。
彼はよく私に「将来結婚しよう」と言い、私は「もちろん」と返した。そんな日々が二年続いた。
私たちは大学生になった。
女の子にはよくあることだけど、大学に入って私は変わった。ピアスを開けて髪型を変えてメイクも覚えた。会うたびに少しずつ変わる私を彼は必ず褒めてくれた。新しく買った服やアクセサリーに気づかないことはなかった。
私を変えてくれた要因として、バイト先の存在は大きかった。仲間に恵まれたと思う。一緒に海にドライブに行き、夜の山に星を見に行った。
彼はそんな私の話を聞いては羨ましいと言っていた。彼自身は勉強ばかりの、高校生活と似たような毎日を送っているらしかった。
そうしているうちに、彼と私は三回目の記念日を迎えた。
先輩だからって言い聞かせて。彼への気持ちに抱いた違和感は無視した
大学2年になった私は、所謂バイトリーダーに選ばれた。嬉しかったが不安もあった。
当時仲良くしていた先輩にそれを吐露した。その先輩も過去にリーダーを務めた経験があり、面倒見が良い人だった。力強い言葉で励ましてくれた先輩を、私は尊敬していた。
先輩とは家の方向が一緒で、いつも自転車で一緒に帰った。私が歩いてバイト先に行った日は自転車の後ろに乗せてくれた。
先輩と話すのは楽しくて、誰といるよりも時間が早く過ぎた。罪悪感は少しあったけど、たまたま帰り道が一緒なだけで、男性として好きなわけではないから、と思っていた。
結婚の約束をした彼とは一生の付き合いになるが、先輩とはバイト先が一緒という繋がりしかないのだ。長い一生の中のほんの一、二年で、それが終わればもう会わない。そう決めていた。
彼への気持ちに対する違和感は無視していた。そんなものは問題じゃない。すぐもとに戻る。だって彼と私は結婚するんだから。
付き合い始めて三年半が経った頃、先輩も含めた数人で映画を見に行った。軽くお酒を飲んでいつものように先輩と二人で帰った。
私の家の前に来た時、先輩が「好きになったら困る?」と聞いてきた。答えられなかった。普段の様子からは想像できないくらい弱々しい声だったから。
スマホの通知欄には彼から、「会いたい、いつ空いてる?」とLINEが来ていた。
自分勝手な私が、彼を傷つけた。どれだけ好きでも、もう戻れない
私は馬鹿だ。どうして違和感を無視してしまったのだろう。彼からの「好きだよ」に「ありがとう」としか返せなくなったことをどうして放置したのだろう。私が「ありがとう」しか言わないと彼は必ず「僕のこと好き?」と聞いてきていた。呆然としたままLINEを見返して気づいた。そんな質問は長いことされていない。
彼は私の気持ちの変化にちゃんと気づいていた。気づいていて、それでも私に好きだと伝えてくれた。いつかまた「私も好き」と返ってくることを信じて。
私たちは二人とも結婚して一緒になることを信じていた。彼は信じて私を愛し、私は信じて彼を愛さなかった。私の自分勝手な考えが、彼も先輩も傷つけていたことにやっと気づいた。傷ついても私に好きと言ってくれた彼の深い深い愛にやっと気づいた。
本当に本当に、彼が大切だと思った。それでも悲しくてやりきれなくて泣いた。こんなに大切に思っていても好きだとは思えないんだと、もう戻れないんだとわかって泣いた。
これが、私が彼をふった理由。
多分、どこにでもあるような話なんだろう。それでも私にとって大切な彼を大切にする方法はこれしかなかった。
私に愛することと愛されることを教えてくれた大切な大切な人がどうか、幸せになりますように。