愛か、世間体か。そのたった二つの選択肢の中で、私たちは生きていた。そして、私たちが選んだ答えは、愛ではなかった。ただそれだけだった。
ライブハウスで出会ったイケメンの彼と気が付いたら、付き合っていた
それは平成最後の夏。私は夏特有のエモーショナルに浮かれていたのだろう。会って間もない男性と、その場の空気に飲まれて付き合った。今の私ではあり得ないことで、当時の自分がどれだけ若かったかを甚く感じざるを得ない。しかし、すぐにその人と付き合ってしまうほどその相手が魅力的であったのか? と聞かれると、恥ずかしながら私は「イエス」と言うしかないのである。
私はイケメンに弱い。イケメンが大好きだ。そして、確かにその人は、かっこ良かった。その当時バンド音楽に熱中していた私は、華奢で色白、不健康そうでマッシュヘア、何と言ってもイケメンな音楽家である彼の見た目に、ずっきゅんと心を動かされたのは間違いがない。
ライブハウスで知り合った時も、第一印象はかっこいいなと思った。音楽という共通の趣味があったこともあり、連絡先を交換してすぐにご飯に行った。楽しかった。このまま音楽仲間として、仲良くなれたら嬉しいなー、そう考えていた矢先、私たちは付き合った。気が付いたら、付き合っていた。それはそれは、夏らしい熱帯夜のことであった。
彼の住むところは私の家から遠く、そう簡単には会えなかった。それでも、彼は頻繁に連絡もくれたし、何度も私に「好きだ」と言ってくれた。忙しく、心を疲弊させてしまうことも多い彼からの連絡に私は向き合った。ちゃんと彼を好きだと思っていたから。
会えないなりに順調にカップルとして成り立ってきたなと感じ始めた、付き合って間もない頃。私はふと、彼と別れたくなった。「いや私別にこの人のことそんな好きじゃないわ!」そう、気が付いたのである。
彼のルックスを素敵だと思っていたけど、それ以外は好きじゃなかった
自分がただ夏の茹るような暑さに、焚き付けられるように恋人を作っただけであると。一目ぼれってあると思う? 運命って信じる? 私はそれらを否定しない。だが、そもそも私は彼のルックスを素敵だと思っていただけであって、彼のそれ以外のどこも好きではなかった。
それからもう一つ。「いや私の彼氏昭和生まれだな!!」彼は、昭和生まれなのである。対する2000年生まれ、ミレニアムベイビーの私は平成の終わり、つまり2018年は18歳。ピッチピチの女子高校生。愛とかなんとか言う前にもう……、世間体を考えたらもう……。おしまい。もう……、おしまいだよ……。
それはさながら、夏祭りの夜空を彩る花火のように、刹那的な恋だった。夏の暑さが冷め切らぬその日、目が覚めてしまった私と彼は現実に向き合った。彼もまた夏に浮かれていた一人なのだろう。どちらがふったとか、ふられたとか、そういうのが曖昧な蜃気楼のような終わり方をした。
どちらからともなく、このままじゃだめだよねって。穏やかに。静かに。花火だなんて大げさな例えをしてしまったけど、私たちには、“線香花火のような恋”の方がお似合いだったかも知れない。誰にも知らせず、二人でどこかに行くこともせず、ひっそりとした恋だった。線香花火をしている私たち二人にだけ見えるパチパチと音を立てて光るそれは、ふと静かに落ちて消えていくのだ。
彼に向く感情は「好き」ではないが、確かにそれに似た感情はあった…
あれから3年がたった今、私は彼が結婚していることを知っている。相手は穏やかそうで、彼を支える事の出来る“大人”の女性であった。最近、彼女のお腹には新しい命が宿ったらしく、彼との家庭を幸せに築いているようだ。
あの頃のまだ世間をなにも知らない私では、あれ以上付き合っていても彼を癒すことも支える事も十分に出来ていなかっただろう。久しぶりに覗いた彼のSNSに写る幸せそうな笑みの二人。私と過ごしていたあの時間に、彼はそのおそらく一度も浮かべていない笑顔だ。
……今思えば彼に向く感情は「好き」ではないが、確かにそれに似た愛はあった。のかもしれない。あれでも、私なりに彼を大切にしていたのだろう。どうか、幸せになって欲しい。
ああ、最後に一つだけ。彼がSNSに投稿していた「もし子供が女の子だったら、絶対音楽家とは付き合わせない(笑)」という旨の投稿。いや、お前どの口が言うてんねん。