ふられてからも、わたしは彼にしつこく連絡していた。

別れるなんて信じられなかったし、信じたくなかった。

クラブで出会った彼。連絡しているうちに「何か起これ」と願った

彼と出会ったのは、初めてクラブに行った日だった。入ってすぐ、思った以上の音量が耳に響く。眩しいネオンがチカチカする暗い部屋の中、たくさんの人が行き来していた。今まで踏み込んだことがない、まさに未知の世界だった。

そんな中、彼と目が合う。お酒を呑んでいなかったし、乗り気ではなさそうな態度が、彼を誠実な人に見せていた。トイレに行った友人を待っていて、少し話に付き合ってくれた。苦手だというお酒も少し呑む。

「もし気になる人がいたらLINE交換してみなよ」と友達に言われていた。わたしは、すでにお酒がまわっていることもあり、あまり勇気を出すことなく彼とLINE交換をする。その後は友達と一緒に呑んで、お開きになった。

一晩寝て目が覚めると、少し後悔みたいなものもあった。よく知らない人とLINE交換しちゃった。まあしばらくしたら、ブロックすればいいか。

でも、その日から他愛もないLINEのやりとりがずっと続いていた。わたしは入社2年目で、仕事を少しずつ任されるようになり、苦しさも感じていた日々。しんどいなと思う日も彼からのLINEが来ていたら、胸がドキドキして頬が緩んだ。いつの間にか、彼からの返信を待っていた。

LINEでの会話も日を増すごとに楽しくなり、距離が縮んでいる気がした。居酒屋で友達にそのことを話していたら「今から電話しな!」と背中を押してもらい、その場で彼に電話をする。彼からは「明日あるサッカーの試合を観戦しないか」と誘いがあった。帰り道、年甲斐もなく友達とめちゃくちゃ盛り上がっていた。

サッカーの試合は、彼の家でテレビ観戦だった。夜中から始まるらしく、彼の家の最寄り駅に向かう電車は終電だった。でも、別にそれで良かった。そう思うくらいに彼が好きだった。

迎えにきてくれた彼の隣を歩き、好きな人と一緒に過ごせる時間の偉大さを噛み締めた。胸がギュッと締め付けられる。そこはかとなく幸せだと感じる。この夏、何かがあるんじゃないかなと思った。そして、何か起これと願った。あの日の夜の空気と彼の服の香りを、まだなんとなく思い出せる。

やっと付き合うことになった「わたしたちの天秤」はすでに傾いていた

それからは都合が合えば、彼の家に行ったりご飯を食べに行ったりしていた。「付き合う」という言葉がなくても、恋人のような雰囲気を二人ともが出していた。

なかなか付き合うという話にはならず、友達に聞かれたときに彼との関係を曖昧に答えているわたしは、なんなんだと思った。しまいには、彼の前でも涙が出てきてしまって、そんなわたしを見て、やっと彼は付き合うという選択をしてくれた。

“恋人”という言葉の力は、存外大きかった。大袈裟ではなく、なんだか胸を張って歩けている気がした。わたしが彼の彼女なんだ、支えるんだ、なんて思った。

でも、この時からもう 二人の気持ちの天秤が傾いていたんだと思う。わたしは彼にとって重かった。

会社が近いし彼に会えるので、彼の家によく行くようになっていた。一週間に2日、3日と彼の家に帰る日が少しずつ増え、洗顔やメイク落とし、歯ブラシなど、わたしの物も少しずつ増えていった。

そして、仕事で帰りが遅い彼にご飯を作って待つようになった。料理は初めてに近く、レシピ動画を見ながら必死に作った。わたし自身もその頃は、仕事がキツくて疲れていたが、彼の好きなものを作り、帰りを待つ時間がとても楽しかった。

深夜2時くらいに帰ってくる彼を、一人きりの部屋で待つ。わたしの方が家に居る時間が長くて、もはやどちらが部屋の主か分からなかった。

彼はデート中もずっと仕事の連絡の確認をして、一緒に家に居てもYouTubeばかり。気がつけば、そんな感じになっていった。長く付き合えば自然なことかもしれないが、わたしは寂しかった。

寂しいなら寂しいと素直に言えたら良かったけれど、不機嫌な態度をとってしまっていた。
気にしてほしいし、察してほしかったから。でも、わたしは不機嫌なまま、そして彼はそれに気付かないフリをしたまま。一緒に居ても楽しい時間より、気まずい時間の方が多くなっていっている気がした。

冬へと近づき、わたしの誕生日ももうすぐだったが、もう彼はあまり笑わなくなっていた。
思いきり笑顔を見せてくれていたのが、懐かしく感じる。誕生日プレゼントこそ期待していなかったが、隣で一緒に寝られたらいいなと思っていた。それだけで、幸せだなと思った。

そんな中迎えた誕生日の前日「別れよう」と、長文のLINEが届いた。「気持ちがないのに誕生日を祝うのは失礼だと思うから」と書いてあった気がする。iPhoneの画面を見つめ、自分の呼吸が浅くなっていくのを感じた。

誕生日の前日に彼からきたLINEメッセージから2週間

二人の天秤はすっかりおかしくなっていて、わたしは彼に依存していた。別れの言葉も悲しかったけど、なんだか響いていなくて。

それからも、何度も連絡した。彼も変な優しさからLINEの返事をくれた。「最後に直接会いたい」と何度も頼み、渋々OKした彼の元へ、車をとばし会いにいった。別れのLINEから、2週間くらい経った時のことだった。

押し慣れた205を打ち込み、急いで部屋に入ると微妙な表情をした彼がいた。戸惑いもあったが、どこか悲しそうな顔をしていた。そして、彼の目線や態度からは、わたしにもう気持ちがないことを感じた。

少し話した後、せめて最後にと洗面所に居る彼を正面から抱き締める。わたしはまだ、この腕を離したくないくらい彼が好きだった。ただ、そこには前のような幸福感はなく、胸が空っぽになったような虚無感があるだけだった。その時にやっと、あぁ終わったんだと実感した。

部屋を出ると、外は晴れていた。もうここには帰ってこないことを思い、胸が軋む。昼の日差しは辺りを真っ白に包んでいて、ちょっと先も見えないくらいだった。