出会ったのは、お互いに10代の頃だった。
趣味の集まりで知り合って、共通の好きなものがわかった時は、それを語るために毎週のように遊んだ。
当時のバイト先のマスターに「女の子を好きになったかも」とこぼしたら、引くでも黙るでもなくゲラゲラ笑って、「恋するのはええことやん」と言われた。
その「恋」という一言で、本格的に彼女のことを意識するようになった。
初めてキスをした時から8年たち、私たちはパートナーシップを結んだ
それから花火を一緒に見に行って、そのまま私の家に泊まって、一緒にお風呂に入って、狭いベッドで一緒に横になったときに、告白した。もし断られても、夢だったんじゃない? と誤魔化せるように、深夜。卑怯な考えだったけど、彼女も同じ気持ちでいてくれて、その夜のうちにたくさんキスをした。
それから8年がたち、一緒に住むようになった私たちは、市のパートナーシップを結んだ。それをきっかけに、二人とも(私は改めて)家族にカミングアウトをした。私の親は「否定はしないけど、これから自分の娘がぶつかるであろう壁を考えると前向きに肯定もできない」と言った。
それでも「私たちの子であることに違いないから、一生味方でい続ける」とも言った。大好きな祖母にも彼女との関係を伝えた。「そうだったの」と口では言っていたけど、そんなに驚いた口調ではなかったから、薄々知っていたのだと思う。
秋には彼女の希望で、ステンドグラスのあるチャペルでフォトウェディングをした。ウェディングドレスを着た彼女は、ハッとするほど綺麗だった。「綺麗だよ」と言うと、潤んだ目でまっすぐ私を見て微笑んだ。
私がどんなに癇癪を起こしても優しく宥めてくれる彼女は、ちょっとしたことで不機嫌になった私の横でこの日、「この空間が幸せすぎて嬉しい」と言ってくれた。大笑いしている顔も好きだけど、私は何気なく目が合ったときにするような、はにかんだような笑顔が好きだったりする。このときもそんな笑顔でそう言って、ちょっとだけ泣いた。
私は、愛する彼女との過去や未来の「もし」を考えてしまう
もし、お互いに出会わなければ、良い歳になった私は必死で婚活をしていたと思う。彼女は可愛いから、ちゃんと男性と結婚していただろうな。でも、子供が嫌いだから、そのことで揉めて、バツイチにもなってそう。
もし、中学生のときに出会っていたら、きっと友達にもなれなかっただろう。アニメオタクでオシャレには程遠かった私と、部活に打ち込んで流行りに乗れる女の子だった彼女。
もしあの日、自分の気持ちを伝えずに友達のままでいたら、今も一緒にいれたのだろうか。お互いの気持ちを胸に閉じ込めたまま、付き合いができたかな。耐えられずに、そっと離れていったかもしれない。
もし、今までした大喧嘩の後、仲直りができず別れていたら、立ち直れていたのかな。案外彼女は強いから、私との思い出は嫌なものとして全部捨てていけるかも。私は……天外孤独の身なら、全部なくして樹海にでも行くかもしれないけど、祖母が元気なうちはそれもできない。
もし(これはいつかだけど)、どちらかが先に死んでしまったら、遺された方はどうなってしまうんだろう。私は彼女が遺されたのなら、私のことは忘れないでいてほしいけど、大事な人ができたらその人と幸せになってほしいな。
起こるか分からない「もし」より「これから」の方がわくわくする
そんな「もし」をよく考える。時には彼女とそんな話をして、ちょっと怒られたり笑われたりする。でも、起こるか分からない、もしくは起こらない「もし」より「これから」の方がわくわくする。
これから二人でやりたいことはたくさんある。金銭的に余裕ができたから海外旅行にも行きたいし、付き合うきっかけになった花火も何度でも見たい。月に一度は、お菓子を作りたい。私は彼女が作るクッキーが好きだし、彼女と作るパウンドケーキも美味しい。遊園地に行きたい。私のピアノと彼女のギターで、東京事変の曲を奏でたい。
できることなら、お互いの両親に会ってほしい。自由でちょっと子供っぽいところのある彼女の母と、義理堅くて人見知りな私の母。寡黙で凝り性な彼女の父と、人付き合いが好きでちょっとミーハーな私の父。
犬も飼いたい。どんな子かまだ分からないけど、名前は「いちばん」と決めている。私たち二人の一番、という意味。いちばんがいなくなってしまって、二人ともおばあちゃんになってもしわしわの顔にしっかりアイラインを引いて、鮮やかな服を着て散歩をしたい。
そして、私たちが死んでしまって生まれ変わることができたら、人間じゃなくてもまた一緒になりたい。