「君、S君と不倫してるんだって?」

私が、会社を辞めるきっかけになった上司からの言葉だ。ああ、そういう風に思われるんだ。ただ、仕事の幅を増やしたかっただけなのに。

「若手の女性職員」を自らの出世に利用しようと考えていた上司もいた

私が勤めていた会社は、一流大学を卒業した、いわゆる高学歴と呼ばれる人たちが多くいるようなところだ。私は、家庭の事情で高卒だったが運よく入社することができ、たくさん勉強をして、この会社で頑張ろうと意気込んでいた。

配属された部署は、会社の中でも男性が多い部署だった。知識も必要だが、体力と忍耐力も必要で、あまり女性受けしないのだと聞いていた。1年目は、女性の上司がいて、歳の近い先輩もいて、やりがいをもって仕事をしていたと思う。2年目になり、女性職員全員の転勤が決まり、残るのは私一人だけとなった。それでも、当時は何も思わなかった。

コロナ禍になった今は懐かしい、毎晩行われる飲み会も、幹部の接待係をすることも苦ではなかった。たった一人の女性職員。それをあまり意識することはなかった。けれど、全員が意識していなかったわけではないのだと知ることになる。

若かったこともあり、自分の子供のように純粋にかわいがってくれていた上司や先輩がいたことは事実だった。しかし、“若手の女性職員”を自らの出世に利用しようと考えていた上司や先輩もいたのだ。

現代の日本において、女性が管理職になることを推進する会社は多いと思う。私が勤めていた会社も例によって、女性が活躍することを推進していた。所属していた部署では、女性の数が圧倒的に少ないのでなおさらだった。同期に女性はおらず、ある程度のキャリアが形成されれば、管理職コースのレールを歩かされるのは必然だったのかもしれない。

そんなことを予測できる余裕のなかった私は、今何ができるのか・これからどんな仕事をしたいのかを考えて、多様な技術を学ぶべく様々な上司や先輩と仕事をし、出張をしていた。

仕事が「好き」だったけど、私は退職することを決意した

明確なコースは描けなかったものの、数年後この部署で仕事をしてみたいという夢はでき、その部署で仕事をしていた先輩から仕事を学ぶ機会が増えた。厳しい先輩だった。時には泣き、先輩の指導においていかれないように勉強もした。そのおかげもあり、目に見える形で結果も出るようになった。

そのころだった。「君、S君と不倫してるんだって?」と、信頼していた上司に呼び出され、この言葉を突き付けられた。私は「どうしてですか?」と、返すしか言葉が出なかった。すると、「会社中でうわさになってるよ。君の家でS君を見た人がいると」と言われた。しかし、思い当たる節はなかった。

すべてを知ったのは、上司に質問を投げかけられてから2週間後だっただろうか。上司からこう聞かされた。「君と、S君が不倫をしているという噂を流したのはB君だったらしい。B君が、君をB君の専門の部署に引き抜きたかったみたいだ。若手の女性職員を推薦することで、さらなる出世が期待できたから」と聞かされた。

B先輩とS先輩は、出世を争うライバルだったらしい。けれども、ふたりは私にとってのよき先輩であった。出世を争うB先輩が一歩リードするには、若手の女性職員である私を利用するのが早かった。私とS先輩が不倫をしているという噂を流して、私の弱みを握ることで、B先輩の言いなりになると思ったのだろう。必死に仕事をしていただけの私には、ただただ悔しい出来事だった。

まもなく、退職することを決意した。仕事は好きだった。多くの幹部から、思いとどまらないかと声をかけていただいた。この会社に残ることで、根強く残る男性優位の考え方を変えていこうかとも考えた。しかし、そのたびに頭の中を「君、S君と不倫してるんだって?」という言葉が駆け巡る。

未来を変えるためには、今「何かを」変えなければいけない!

今もまだ、時々この決断が正しかったのか悩むことがある。あの時、続けていればどんな今日が待っていたのだろうと、歩まなかった今日を思い描いて後悔することもある。逃げだったのかもしれないと、落ち込むこともある。

私が今を変えるなら、何度やり直しても同じ決断をするはずだ。たった一人、会社を辞めても何も変わらないかもしれない。彼らの考え方は、変わらないかもしれない。それでも、未来を変えるためには、今何かを変えなければいけないと強く思う。

もうすぐ春が来て、また新しい若手の女性職員が入社するだろう。私がいたあの頃より、今が少し変わっているように。女性という性別だけで、苦しまなければいけない人がいなくなるように。そう願う。

私はこの夏、今を変えるための愛の溢れる活動を始めます。