わたしは今、いわゆる「人生のどん底」にいるのかもしれない。

先月末で仕事を辞め、貯金もないまま過ごしている。
恋人もいなければ、故郷から遠い地に就職したので知り合いもいない。
家族だって、特別仲がいいわけじゃ無い。敬語を無意識に使ってしまうくらいの関係性。
やりたいことがあるから、とそれっぽい言い訳をつけて、大学を卒業してから長らくフリーター。そして就職したと思えば1年足らずで退職。病院で適応障害という診断を受けたから、心療内科にも通っている。
夜は毎日眠れない。わたしは今年29歳で、なんだかいろんな焦りが入り混じる。

これから、どうやって生きていこう。
それがここ最近の、布団に入ってからの口癖である。

小学生の頃から憧れていた職業に就けることになって、はるばる東京から関西へ越してきたのが一年前。
「ここからやっと、わたしの人生が進んでいくんだ。」
そう思って働き始めた仕事場は、けれども恐ろしいほどの理不尽さにまみれていて、働き始めてから体調もメンタルも「普通」だった記憶がない。去年一年間の記憶が、なんだか靄がかかったように灰色がかっている。

「夢を叶えた」それだけが彼らに対抗できる唯一の事実だった


一応、一流大学と呼ばれる学校を出たわたしの同級生たちは、皆有名企業でバリバリ働いて、華々しいキャリアを積んでいる。
頭の中では、わたしも毎日仕事に忙殺されながら、やりがいを感じて仕事をこなしていたけれど、現実のわたしには誇れる能力も、身についたと思えるスキルも何も無い。それに気付いた時、愕然とした。どうしてこうなってしまったのだろう。
「夢を叶えた」。それだけが、彼らに対抗できる唯一の事実だと思った(今思えば、いったい何に張り合っていたのだろうと思うけれど、その時はそれが自分を保つ手段だったのかもしれない)。でも、彼らの中には「夢を叶えて、バリバリ働いている」人がいることもわたしは知っていた。

小さな頃から、好きなことを仕事にしたいと当然のように思って生きてきて、やっとの思いでその職に就いたけれども、誠実に向き合おうとすればするほど、「なんだかしっくりこなく」て、「本当に好きってなんだかわからなく」なって、そんな想いで仕事をしていることに罪悪感と自己嫌悪だけが募っていった。わたしにとって仕事というものが、ただただ苦痛でしか無くなっていた。
他にも様々なことが積み重なった結果、心身ともにバランスを崩して会社に行けなくなり、外に出られず家にこもる日々が続いた。わたしの長年の想いは、就職してたった一年で、いとも容易く壊れてしまった。

「昔からの夢」から解放されて、制限されていた選択肢が浮かんできた

会社を辞めて1ヶ月経った今でも、正直去年のことは苦い思い出のままだ。
けれども、「昔からの夢」に捉われていた自分からは解放された。
「夢」によって制限されていた選択肢が色々と浮かんできて、意外とそんなに凹んでない。
自分を認めてあげられず、すぐ自己嫌悪に陥ってしまうわたしだけど、去年周りから掛けられた「よく頑張ったと思うよ」という言葉は、(たとえ慰めだとしても)わたしを守るおまもりみたいに心にずっとある。

それから、もう少し自分に優しくしてあげたいと思うようになった。自分の周りがどれほど優しさでできているのかも改めて知った。
自分のダメなところに嫌でも目を向けるきっかけにはなったし、心の底から、「このままじゃダメだ」と頑張る力をくれているのも事実だ。(このエッセイ投稿も、わたしの中では「変わる」ために成し遂げたかったことのひとつ。)

眠れないまま朝が来て、ほんのり絶望しながら過ごす日々は今でも変わらず、自分の未来は不安だらけだし、別に恋人もできたりしない。自分に自信はずっと持てていないけれど、ちょっとずつ。自分を許して認めて、優しくありたい。夢だって、何度でも軌道修正しながら進んでいけばいい。短い社会人生活の中で、そう思えるくらいには成長したのかな。