大事な人には大事な人がいて、その大事な人にも大事な人がいる。それが皮肉にも完璧な孤独を生み出すことに、私は気が付いてしまった。彼には大事な人がいる。彼の大事な人にも大事な人がいる。

私は涙を拭きながら誰に言うでもなく「大丈夫だ」と言った

私は今、6畳間の部屋で自分の腕を摩っている。両隣に置かれたクマのぬいぐるみの足で涙を拭きながら誰に言うでもなく「大丈夫だ」と言ってみる。低身長の私には大きすぎるダブルベットが、私の気持ちをさらに沈める。苦しい思いは喉を詰まらせ、言葉だけが滞ってしまう。

「大丈夫、大丈夫だから」。
憂鬱に時間は流れない。一瞬も永遠もない。時間という概念を世界中の人が共有していることが、馬鹿馬鹿しく思える。私の今は、どんな時計の針でも計れない。

カーテンの隙間から差す月明りをしばらく眺めていると、無性に喉が渇き、しかし冷蔵庫までの距離が鬱陶しく、私はまたそんな些細なことで泣いた。クマの足はぬるい涙で湿っていて、まるで体温を持っているようだった。

私の「大事な人」は、いつも話が唐突で抽象的。そして、頭がいい

ふと、先週の月曜日のことを思い出す。隅によけられたグリンピース。彼は大豆もひよこ豆も食べられるのに、グリンピースだけは食べられない。チャーハンに混ざるグリンピースを彼はスプーンで器用によけた。「いる?」まるで温めあっているようなグリンピースを私が眺めていると、彼は不思議そうな顔でそう聞いた。私は「ううん」とだけ答え、やはりしばらくグリンピースを眺めていた。

「ねえ、科学と非科学の違いって、混和できないってことだと思わない?」彼はいつも話が唐突で、抽象的だ。
「ほら、だって、好きなものと嫌いなものって混和できないでしょ」。
「好きなものと嫌いなもの」私は、小さな声で繰り返した。
「好きとか嫌いって最も非科学的じゃん。俺、グリンピースとチャーハンを混和して美味しく食べましょうなんて無理だよ」。
「じゃあ、好きなものと好きなものの混和は?」
「共存だったらサイコウ」。彼は頭がいいので、きっと私の質問の真意を一瞬で解いたに違いなかった。だから「共存」と言った。そして「サイコウ」と言った。

私はなるべく丁寧に「共存は無理」と呟いた。私も頭がいいので、彼が侮蔑したことはわかっていた。そして、それが故意だと言うことにも気が付いていた。始まりは察しが悪く、終わりには察しがいい。それは私たちのネガティブさがよく出ているなと思った。いや、終わることを前提に始めていたからかもしれない。

気が付くと外は明るくなっていて、今度は時間がちゃんと流れていたことに安堵する。クマの足はすっかり乾ききっていて、自分がいつの間にか寝ていたことに気が付く。

私の「孤独」を彼が拾ってくれれば、寂しくはなかったんだと思う

もしかして、あの出来事は私の夢だったのか、彼の言った「サイコウ」は幻聴だったのか。どちらにせよ私はこの冗長な孤独に疲れていたのだと思った。

ベッドに寝そべったまま、彼に電話をかける。早朝の電話に彼は驚いたのか、はっきりした声で「もしもし」と言った。
「ねえ、科学と非科学の違いって混和できないことだと思わない?」
「その会話、前にしたよ。俺が」。
「私、グリンピースが羨ましかった」。
「知ってた。知ってて共存なんて言った。ごめん」。
しばらくの沈黙の後「ちゃんと大事にされてね。共存なんて馬鹿な言葉使うんじゃないよ」私はそう言って電話を切った。

大事な人には大事な人がいて、その大事な人にも大事な人がいる。それが皮肉にも完璧な孤独を生み出す。彼からもらった私の孤独を、彼が拾ってくれれば、寂しくはなかったんだと思う。

今度は、私の孤独をちゃんと拾ってくれる人を大事にしようと思う。それが、愛し愛されるということなのだろうなと思いながら、私はもう一度眠りについた。