今晩はドライカレーにしよう。めちゃくちゃに辛いやつ。ご飯も黄色くしちゃおう。温玉も乗っけて。そう思いいつものスーパーで買い物を続ける。
今日は彼が泊まりにくるから、ちゃんとしたご飯を作って女子力アピールするんだ。
だてに四年も一人暮らししてきたわけじゃない。そんじょそこらの実家暮らし女子と一緒にしないでよね。

一通り買い物を終えて、いつもの倍の袋を抱え家路に着く。
もうすぐ一年か、早いなぁ。マスクが当たり前になったのも1年前か。
外気に触れると視界が曇る。新鮮味なんてもうないし、一年付き合えたら同棲しようと言われたことを希望に自炊も頑張ってきた。今日も美味しい、幸せ、結婚しようって言わせてやる。少し駆け足になる気持ちを大切に幸せに感じていた。

彼を想ってご飯を作り、お風呂を先に沸かすのは彼がちゃんと好きだから

市内では格安の家賃4万1DKの古い錆び付いた音が鳴る。
「やっほー。仕事疲れた~。癒してくれ~。」
そうやっていつも後ろから抱きしめてくる。
「おかえり、お疲れ様です。ご飯は今使ってるからそっちで休んでて」
一緒に住んでないけど、おかえりが挨拶だった。
「今日の晩飯カレー?めっちゃいい匂いするわ。」
「そうカレー。お風呂沸いてるから先入っちゃいなよ。」
「おー、お風呂一緒に入ろうなんて大胆だね。俺滾っちゃうよ?」

今日は調子が良いようだ。調子と言うよりは欲のボルテージというか。
「誰も一緒になんて言ってないしわかったから早く1人で入りな。」
「ほいほい。冗談じゃん。冷たいな。」
私が冷めているかのような感じではあるがそうではない。ちゃんと好きだ。したい時だけ優しいあなたとは違う。彼のことを想い、ご飯を作るのも、私が入る頃には冷め切ってしまう追い焚き機能のないお風呂を先に沸かすのもそう。

「約束覚えてる?」私の言葉に、欲をぶつけあった後彼は・・・

「ドライカレーじゃん。そっかもうすぐ一年経つもんな。これ初めて食べたお前の手作り料理だったわ。なつ。」
覚えててくれたことに喜んでしまう単純な女。
「そうだよ、早いよね。春に買ってくれたサボテンの水やりも頻度を減らしてくださいって花屋さんに言われちゃった。」
「まだ育ててんの?好きだねーそういうの。俺にはちっともわからんわ。」
初めてくれたものだからね。枯らしたら縁起が悪いじゃない。なんて買ったこと覚えてない人には言えないか。
「もうすぐ一年だからさ、この家も手狭だし約束覚えてる?」
「あー、一緒に暮らすってやつだよね?うんうん、覚えてる。後で具体的に話そうぜ。」

夜も更け、お酒も入り、腹も膨れ、身も綺麗。昂る欲をぶつけるにはちょうど良い。ぶつけ合って深く自分たちを見つめあった。

蕾のついたサボテンに水をやる。私に刺さった棘も彼に向けられたら

「一緒に暮らすって話なしにしない?」
えっ?
「俺さ、お前のその、俺がくる時だけ張り切る感じ、わかってたんだわ。一緒になったら絶対ボロ出るよな。無理だなと思ったわけ。」
下を向いた。好きだから出来ることなんだけどな。視界が滲む。
「見栄張るのもやめてさ、歳の差も11個違うんだからもっと若いやつ好きになれよ?俺より優しくて好きでいてくれるやつ。」
好きでいてくれてなかったの?
「なんちゅう顔してんの。気まずいんだけど。別に別れようって言ってないじゃん?」
笑いながら言う台詞と、着々と服を着ていく姿に私は返す言葉を探す余地もなかった。

「そんな顔するなら別れるか?俺もう少し歳が近くて綺麗系が好みだし。お前もずっと不満に思ってたんだろ?今が絶好のタイミングじゃん?」
なにを言っているかさっぱりわからない。この一年はなんだったのか。
「帰るわ。喋んないなら後で連絡して。そん時答え聞かせてよ。んじゃまたな。」
普段は軋む扉、皮肉にも今は軽やかに閉まる。

「そういうことかぁ。」
蕾のついたサボテンに、これでもかと水をやった。明けごろには乾いたようだ。私に刺さった刺(棘?)も表に向けたらいいのに。彼に向けられたらよかったのに。

置いていったお酒は味がしなかった。