変な感触だった。
当時、私の住んでいた地域では、中学生になれば校区外に遊びに出かけて良いというきまりがあった。
中学校へ進学し、「やっと校区外へ遊びに行ける!」と浮き立った気持ちで友達と出掛けたショッピングモール。そこで起きた忘れられない、忘れさせない、と今でも私の心を蝕んでいる事件がある。
一瞬で奪われた楽しい時間。忘れもしない、不快な感触
その日、ショッピングモールに着いた私と友達はさっそく文房具のお店へ入り、キラキラしていて可愛い商品の数々に目を輝かせていた。友達と過ごす何気ない幸せな時間。当時中学生になったばかりの私が夢見ていた、ずっと行きたかったショッピングモールでお喋りをして、買い物をする、という楽しい時間。
しかし、それが奪われるのは一瞬だった。
お尻に当たった変な感触。
文房具店で下敷きを見ている最中の出来事だった。
今、背後を誰か通り過ぎたよね?何?今の。気持ち悪い…!でも振り返るの怖い。私どうすればいいの?
瞬時に頭の中を交錯する、困惑した思いと不快な感情。心の中がみるみる黒く染まっていく、そんな感じ。
目の前には可愛い下敷き。背後では今までに感じたことのない、なんとも言えない不快な感触。
商品を見ている最中、通路側にお尻を向けたのがいけなかったのだろうか。その隙に背後を通った誰かが私のお尻を掴むように触ったのだ。
頭の中を交錯する感情を押し殺し、私は振り返った。
去っていく後ろ姿。動揺していて服装は明確に覚えていないけれど、黒い人影。絶対あの人に違いない。私がじっと見ていると、その黒い人影は振り返った。私よりもずっとずっと大人の、男の人だった。
誰にも相談できなかった私は、肩にかけたショルダーバッグを後悔した
その後私は誰にも相談できなかった。
しかし本当ならあの時相談すべきだった、そう思ったのはずっとずっと後のことだ。誰に相談したらいいのか、中学生になったばかりの私は分からなかった。誰かに話せば羞恥心、嫌悪感、心の中で渦巻く不快な感情に呑み込まれるのではないか、そんな恐怖心が私を留めていたのだと思う。
私はただ後悔した。私の服装に。
私が私の身体を、心を守れなかったのはきっと、短いズボンを履いていたからだ。
肩が開いたデザインのTシャツを着ていたからだ。
ショルダーバッグを肩にかけ、サイドにくるよう持っていたからだ。
お洒落なんて、しなければよかった。
あの日、私の身体を守るものは何もなかった。唯一お尻を守れそうなものといえば持っていたショルダーバッグくらいだっただろうけれど、私はサイドにバッグがくるように肩から掛けて持っていた。
ウキウキしていた私は''今日ショッピングモールで痴漢に遭うから長いズボンを履いて身を守っておこう''とか、''こんなデザインのTシャツを着たら痴漢にあうからクローゼットの奥に閉まって、夏だけど長袖を着ていこう''とか、''ショルダーバッグでお尻をバリアしておこう''なんて思っているはずがない。
ただ私はお洒落をして憧れの1日を楽しみたかっただけ。
ショルダーバッグは、自分を守るための武器。ぎゅっと握って家を出る
あの出来事があってから、私はショルダーバッグしか持てなくなった。理由はただひとつ。
『自分を守るため』。
出掛ける前には鏡の前で必ずチェックするようになった。
『バッグ、ちゃんと守れる位置にあるかな』。何度か確認して最終チェックを終えたら、お気に入りの靴を履く。好きな服を着て、好きな小物を身につけて、目一杯のお洒落をして家を出る。
肩に掛けたショルダーバッグという武器を忘れず、ぎゅっと握って勇ましく。
許せない出来事だけれど、私はこんな生きる術を身につけた。
でも今年のクリスマス、両親から新しいバッグをもらった。
ハンドバッグを。
しばらくはショルダーバッグしか持てない日々が続いたけれど、最近は勇気を持ち、徐々にハンドバッグを持てるようになっている。
きっと、お洒落に後悔する必要なんてない。ちょっとした武器が必要な時もあるけれど。
私は今日もそう思いながら浮き立った気持ちで玄関の扉を開く。